綱雲
雲雀さん、は所謂鬼の風紀委員長というやつで、いつも勝手に神経を尖らせて勝手に心を擦り減らせて勝手に怒って勝手に疲れて、大変だろうに。俺なら絶対そんなことしたくないんだけどなぁ、もっと楽に生きたらいいのにね、と校庭で不良を力一杯殴ってぼこぼこにしてる雲雀さんを見て思う。あのトンファーだってそれなりに重さがあるだろう。本当にご苦労なことだ。
「あ、」
終わったみたい。倒れた不良はぴくりとも動かない。見下ろす雲雀さんもぴくりとも動かない。がらがらと窓を開けると彼は弾かれたようにこちらを見て、それから聞こえなかったけど唇で沢田、と言った。
上がってきてくれないかな、と窓枠に頬杖をついて眺めてると雲雀さんは校舎に向かってふらふらと歩きだした。俺は黙ってドアを見つめていた。
「沢田」
「…雲雀さん。早かったですね」
ふらふらと雲雀さんは教室に入る。俺の方に来てそのふらふらな勢いのまま倒れ込んでくる。ぱさりと学ランが床に落ちた。汗が光る首筋からは微塵も熱がのぼらない。
「沢田、沢田、さわ、だ…」
俺の貧相な胸板に顔を埋めて肩辺りのシャツを掴んで震えている。声も震えてる。一瞬、泣いてるのかと思ったけど泣いてはいないかった。真っ白。肌に血の気がない。さっきまであんなに動き回っていた人間には見えない。
「沢田、どうしよう、」
「大丈夫ですよ」
「どうしよう、また」
また怒られる。そう言って真っ白な人は一層大きく震える。
立派な家に生まれたお陰で暴力なんかを振るうと大変ひどく怒られたと聞いたことがあった。勤勉で決して矢面に立たず誠実でありなさい、と一貫して教育を受けたそうだ。時々雲雀さんはその頃を思い出す。そして揺り戻しに悩んではこんな風になる。酷いときは食事も喉を通らず結局は吐いてしまう。俗に言う拒食症に陥る。
「沢田、どうしよう、助けて…っ」
「大丈夫ですよ。ほら、息吐いて。苦しいですか?紙袋要ります?」
「さ、わだ」
「安心してください。俺がいます。大丈夫ですから。俺が、俺がずっと助けてあげますから」
崩れ落ちる雲雀さんの肩を抱いて背中を摩る。過呼吸。苦しいのに、すごく苦しいのに絶対に死ねない一過性かつ慢性的な病気。大丈夫、安心して、俺が助けるから、そう言ってポケットから紙袋を取り出す。自分の吐き出した二酸化炭素を吸い込んでようやく落ち着く雲雀さんの息は熱かった。それだけが熱かった。
フラストレーション
20100521.