綱雲
























おかえり。




今日も怠い体を引きずってくだらない会議に出席して、どうでもいい話を聞いて、休む暇もなく飯もろくに食べないまま本当に疲れきって自分の部屋に、ああまた書類が山積みだろうな、と軽く絶望しながら戻ったらベッドの上に何かいた。



「わお、相変わらず酷い顔だね」
「…なにしてるんですか」
「なにって、今日は端午の節句だろ。本部は誰も日本の行事を大切にしないんだね。うちなんか朝から粽と柏餅を用意したのに」


残り持ってきたから食べれば、と、雲雀さんが指す机を見ると書類の代わりに大量の粽と柏餅が積んであった。昼の軽食から何も食べてない胃が空腹を訴える。一つ手にとって口に運ぶと懐かしい味がした。そういえば母さんは行事にうるさい人だったなあ。小さい頃は意味もわからないままきらきらとかっこいい五月人形に目を輝かせたものだ。

にしても何しに来たんだ、この人。プレゼントはちゃんと贈ったし、言葉が欲しいなんてそんな女々しいタイプじゃないし。ただ単におすそ分けに来たのか?だったら適当な人に渡して帰るだろう。それよりも、




「雲雀さん」
「なんだい沢田綱吉」
「どうしてベッドの上に五月人形があるんです」
「今日は端午の節句だよ」
「いや、にしても棚の上とか床とかもっと飾りようあったでしょう。つーか祝うような子供も本部にはいないし…」



ランボなら今は自分のファミリーに帰っている。イーピンはバイトをしながら勉学に励んでいる。
子供、というのはもうここにはいないのだ。だから今更ついこの間デパートで買ってきたような真新しい五月人形を披露されても困る。
ついでに言うなら疲れているから早く寝たいのに、散らかされては片付けの手間まで増える。こういうのは純和風の風紀財団の方で勝手にやってくれ。




「沢田、端午の節句っていうのはね」
「子供の健やかな成長を祈るだか祝うだか知りませんけど、粽と柏餅はありがたいですけど、俺疲れてるんです」
「酷い顔だね、君」


はいはい、どうせ雲雀さんみたいな整った容姿じゃありませんよ、と半ば自棄になるとぐいと片手で顔を掴まれた。口が蛸のようになる。





「酷い顔だよ。ろくに食べてもないんだろ。ベッドもちっとも使った跡がない。その割にソファーには靴の跡がついたりしてるから、靴も脱がずにソファーで寝てるんでしょ。馬鹿じゃないの。体調管理もまともにできないのかい。そのくせ疲れているだとか、ベッドを散らかされちゃ困るだとか考えているようだけど、どうせ寝ずに仕事してソファーで仮眠を取るなら同じだ」



ぎゅっと力一杯掴んでからぱっと離される。好きにしたら。言いながら雲雀さんはベッドの五月人形を片付け始める。
確かに、あれを使わなくなってもう三ヶ月だ。寝心地がいいから寝過ごすのが怖くなってから使ってない。一度眠ってしまえば半日以上寝れるくらいどろどろに疲れているから敢えて眠らないようにしていた。

流石と言うべきか、俺がぼーっとその手を見ている内にベッドは元通り綺麗になっていた。元通り。新品並の、綺麗なベッド。
雲雀さんは売っていた時と同じように人形を納めた箱を棚の一番上に置いて、来年も飾るんだよ、と言った。そうして部屋を出ていこうとした。







「待ってください」
「なんだい」
「プレゼント、届きました?」
「ああ、いい茶道具だったよ。今度点ててあげるからおいで」
「雲雀さん」
「他にまだあるの」
「寝ます、俺」
「そう」



それじゃあ、おやすみ。
歩きだそうとする雲雀さんに駆け寄って、手首を掴んで、そうじゃなくて!と声を荒げてしまった。細い手首だ。骨に皮が張り付いてるだけなんじゃないのか。よくこんなのであんな重いトンファーが振り回せるなあ。



だから、なに。



ぎろりと睨まれる。昔はこの目がどうしようもなく怖かった。




「一緒に寝てください」
「嫌」
「俺が寝るまで部屋にいるだけでいいんです。そしたら俺、おとなしく寝ます」


沈黙。溜息。
雲雀さんは諦めたように方向転換してソファーに座った。クッションの柔らかさが微妙だね。もっといいのに変えたら。と、柏餅を一つ掴んで口に運ぶ。
ベッドに入った俺が、もしかしたら寝坊するかも、と呟くと、そしたら永遠に起きなくていいよ、と返された。聞こえてしまったか。永眠は嫌だな。そう考えながらも意識は徐々に眠りの方向へ転がっていく。


「雲雀さん…」
「早く寝な」
「……誕生日おめでとうございます」
「うん」




五月五日に生まれたから、雲雀さんってあんなに強くて逞しいのかなあ、と思って、さっきのおやすみを思い出して、ああ今絶対顔が緩んで気持ち悪いことになってるな、なんて自分を馬鹿にしてたらふわっと意識が途切れる感じがした。
























「おやすみ。健康に育つんだよ」

























20110505.
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