リボルチェ




















そっと花弁のように白くて柔らかい手が頬を撫でた。血が乾いてこびりついた端正な顔をその手は慈しむように何度も往復する。

そこは楽園と見間違うくらいの穏やかな場所だった。一面に草と花が敷き詰められた広い土地の真ん中に、樹齢千年と言われても信じられるぐらいの大きな木が立っているだけの暖かい場所だった。

木の幹に体を預けるようにして眠る男の頬をまた一撫で、ほっそりとした手が上から下へと滑る。風が吹き抜けて葉が揺れれば木漏れ日が二人にきらきらと注いだ。
ただそれだけの優しい空間に不思議と音はない。手の持ち主は鈴が転がるような小川が流れるような、快活で透明感のある、それでいて優しい声で男の名を呼んだ。




「リボーン」




彼女はその手つきと同じように慈しみに満ちた声で男を呼ぶ。口元には柔らかな微笑みが湛えられていた。
男の頬にこびりついた血を親指で軽く擦る。すっかり乾いてしまったそれがただの摩擦で落ちるわけはなく、代わりに男が眉を寄せて小さく呻いた。

彼女は男が目を覚ました時、一番近くにいたいと前々から思っていた。久しぶりに見る世界の一番最初に映るのが自分であればどんなに素敵だろうと毎日考えていた。
彼に何て言葉を贈ろう。お疲れ様?ありがとう?ごめんなさい?それとも久しぶり?おはようと言うべきかしら、ああ、一体どうしたらいいの?
恋を知ったばかりの少女のように頭の中で何通りも何通りもシュミレーションはしたけれど、考えれば考える程に決められなくなったのでそのとき一番に浮かんだ言葉にしようと思った。

そしてまた小さな呻き声を絞り出して、男が目を開いた。ぼんやりと輪郭が蕩けた瞳に彼女自身が映り込む。







「ルー、チェ…?」

「ええ、リボーン。そうよ、私よ」







嬉しい、ちゃんとわかってくれた。見た目は変わっていないのだから当たり前と言えば当たり前なのだけれど、これで別の人物の名前を呼ばれたりなんかしたらきっと大きなショックを受けたに違いなかった。
ぱちぱちと幾度か瞬きを繰り返して、リボーンは薄く唇を開いた。深い溜め息が吐き出される。

大丈夫?それよりも具合はどう?の方がいいかしら。言葉は二度と帰らない。言葉選びが慎重になってしまうのは職業柄であったし、それだけでもなかった。
リボーンはルーチェを一度見て、ゆっくりと瞼を落とした。眉はつらそうに寄せられている。再び瞼を上げて、言った。




「……俺は、死んだのか」




疑問形のようで全く人に尋ねる気のない、自分に言い聞かせるための呟きだった。酷く落胆したような重くて悲しい声色。
ルーチェは堪らずリボーンを抱きしめた。しっかりとした肩に顔を埋める。
風がもう一度吹き抜けた。木漏れ日は変わらずきらきらと二人に注いだ。

ああ、なんて自分は浅はかだったのだろう。ルーチェは先程までの浮足立った思考全てをかなぐり捨てたい気持ちになった。
自分の強さに何よりの誇りを持っていた彼が目覚めた時に何を思うかなんて火を見るより明らかだったはずなのに。そして自分が目の前に居たら、疑問も否定もする間もなく現実を見るしかなくなってしまうというのに。

ルーチェの瞳から涙が零れた。それはじわじわと整ったスーツの上等な生地に染み込んだ。
ごめんなさい、リボーン。ごめんなさい、ああ、私、本当に馬鹿だったわ。もっと賢ければよかった、もっと力があればよかった。ごめんなさい。
言いたいことは全部嗚咽に邪魔をされて吐き出すことが叶わず、喉の辺りに留まって内側からきゅうきゅうと締め付けた。

リボーンは何も言わずにルーチェを抱き返した。とても緩くその引き締まった腕を回した。その優しさにルーチェはただ泣くしかなかった。二人とももう生きてはいないのに、そこに確かな温かさがあるような気がしてルーチェはきつくきつくリボーンを抱きしめる。

そこは楽園と見間違うくらいの穏やかな場所だった。一面に草と花が敷き詰められた広い土地の真ん中に、樹齢千年と言われても信じられるぐらいの大きな木が立っているだけの暖かい場所だった。

大きな木の根本で二人の男女が静かに泣きながら永遠に等しい時間を抱き合って過ごしていた。
もう一度風が吹いて、木漏れ日がきらきらと注ぐ。そこにはもう誰もいなかった。黒いボルサリーノと白い帽子が代わりに風と光を浴びていた。





























リボーン誕生日おめでとう^^
リボルチェぷまいです。なんかこう、死んだ後の世界でルーチェが待ってて二人一緒に成仏…みたいな。成仏っていうか消失が理想。
この二人は最後の最後まで幸せなんだけど世間一般で言う「幸せ」を掴めない感じ。
とにもかくにも、おめでとうございます。




20101013.
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