獄寺





















お前は望まれて生まれた子ではないと昔からずっと言われているような気がしていた。
別に誰かに面と向かって言われたわけではない。
寧ろ多分きっと誰にも愛されて育ってきたはずだ。
それでも自分の中の何処かにある空洞にその言葉は響いていた。

思えば昔から必要とされた記憶がない。
不自由ない生活はさせてもらった。
姉と同じように綺麗な服を貰い旨い飯を食べ芸術に触れて召使も沢山いて、けれどそこに俺がいる必要があったわけではなかった。
誰でも出来る仕事だった。
唯一、そんな屋敷で好きだったものがある。

ピアノ。

象牙の鍵盤でとてもいい音が鳴る上等なものだった。
一音外れてるのが大変惜しかった。
ピアノの先生は姉貴と俺の二人に教えてくれていたが、いつも「お姉様には内緒にね」と様々な国の菓子をくれた。

姉貴はそれを知っていたが黙っていた。
彼女は海外旅行が趣味なのだと言っていた。
何時だか一緒に連れて行ってくれとねだって彼女を困らせたことがある。
今ならわかるが、先が長くなかった彼女はやりたいことを精一杯潰していたのだろう。
何度「先生が母親としてずっと居てくれたら」と思ったことか。

思い返せば本当に美しい人だった。
親不孝な俺は銀髪ぐらいしか継いでやることは出来なかったけど。











「…どうして生まれたんだ」











こんなギスギスと痛い世界で母譲りの銀髪をストレスで傷める日々。
煙草と銃の煙が絡み付いて離れないのが堪らなく申し訳ない。
あの人の近くはいつも花か焼き菓子の柔らかい匂いがした。
それが一番似合っていたと思う。

そうだ、例え大病を患う運命だったとしても、やはりあの人は花と甘い香りに囲まれてピアノを弾いているべきだったのだ。
そう幸せに生きるべく生まれてきたのに。















「………madre」












鍵盤の隅の使わない高い音の辺りに小さな白いブーケを置く。
幼い頃、低い側はあの人の場所だった。
高い音の方が軽くて子供の指にも弾きやすいから俺に座らせていたのだろう。

もう俺はすっかり姿ばかり大人になってしまったからあの細くしなやかな指に軽い鍵盤を譲ることができる。
ああ、あと五日で母の命日がやってくる。
高いソの音は今だに調律が狂ったままだった。

























20100909.
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