炎アデ




















虐められてなんだか気まずくて夜中にこっそり帰ることが月に何回かある。
そういうとき、リビングでアーデルハイトだけが起きていることが多い、というより起きてないことなんか滅多にない。
そうしていつも決まって「早くお風呂に入っていらっしゃい」とこちらを見ずに言う。
脱衣所には柔らかくて清潔なタオルが詰まれていて、浴室のタイルは温めてあって、浴槽にはたっぷりと真新しいお湯が入っているのが常だった。
そして風呂から上がると洗濯したての匂いがする着替えと傷薬と絆創膏が置いてあるのがもうお決まりだ。


清潔な匂い、全員が同じシャンプーとボディソープと洗濯洗剤を使っているからアーデルハイトの匂いと表現してもいい、に包まれてリビングに戻ればやはり変わらずリビングのテーブルに彼女は美しいラインを晒しながら肘をついていた。
組んだ手の甲で顎を支えて目を閉じていたからもしかしたら寝ていたのかもしれない。
僕が向かいの椅子を引いたガタンという音に肩(と胸)が揺れていた。





「アーデルハイト、あの…」
「炎真、帰ったらまず言うことがあるでしょう」
「………ごめん、」
「私はお前にそんな風に言うように教えたかしら」
「た、だいま…」




アーデルハイトはよろしい、と微笑んで立ち上がった。
ココアをいれてくれるらしい。
たかだかココア一杯いれるだけなのにエプロンを着ける彼女の生真面目な所を僕は大変可愛らしいと思っている。
だけどそれを口にするときっと彼女は一週間はエプロンを着けてくれないと思うから黙る。

僕はアーデルハイトの背中にごめんと呟いた。
耳のいい彼女が聞こえていないはずはないのだけれど彼女は振り返りはしなかった。
ぼんやりと見つめた背中に突如たわわな胸が出現し、彼女の長い髪が靡いた。
手に握られたカップは二つ。
アーデルハイトお気に入りのマグの中身はミルクティーだった。
そして彼女は「お帰りなさい、炎真」と言った。






















20100821.
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