γユニ


















桃を沢山貰った。段ボール一箱分くらい。
底の方にある桃が傷んでしまわないように広げた新聞紙の上に並べる。
柔らかい匂いがした。桃の下敷きになっているそれは今朝の新聞だった。
嗚呼、まだ読んでいなかったのに、と、ユニは少しだけ後悔する。
一面を飾る記事はどこかの学者が新しい発見をしたというものだった。相対性理論、生憎大学(しかも文系)以上の学歴がない自分には触りも理解出来ない。
そんなものを解明して発表するだなんてすごい人もいたものですね。ただただ人事のように桃を並べる作業に戻る。
一枚目の見開きが桃で埋め尽くされた。
さて、二枚目を開く。そこにはアイドルの誰と誰がどうだの、歌手の誰それが妊娠しただの、芸能人に疎い自分の興味はあまりそそられないことばかりが載っていた。
さらさらと読み飛ばして桃を並べる。隅に写真付きの記事があった。
ナポリにて身元不明の死体。
警察がブルーシートに包まれた何か(恐らく死体)を運んでいる写真が入っていた。なんとなくそんな記事の上に果物を置くのは憚られるので避ける。
二枚目の見開きも桃で埋め尽くされた。


γは車椅子を押していた。病院から借りている使い古された車椅子。
これを使わなくなった今までの奴らは一体どうなったのだろう。
自分の車椅子を買ったのか、松葉杖になったのか、ベッドに戻ったのか、元気になったのか。
あえて死んだという選択肢はないことにする。縁起でもないからだ。
車椅子に座る彼女は軽い。自分が日頃から鍛えていて力が強いということもあるのだろうが、人ひとり座った椅子なのに全く重くない。
少し軋むような感覚をγの腕に与えながら車椅子は回る。
椅子に座る彼女が振り向いて笑った。綺麗な花が咲いている、と。
彼女は間もなく退院する。けれど一生車椅子生活になる。
γは今までの貯金を崩して坐り心地のいい真っさらの車椅子をオーダーしようと思った。


明日は娘の結婚式である。ユニはその夜、娘のために腕を振るって手料理を山のように作った。
娘は、こんなに食べられないわ、と苦笑した。幸せそうだった。
γは大事な一人娘が嫁いでいくのに苛立ちと寂しさを隠し切れなかったのでベランダで煙草を吸っていた。
明日は晴れるといいわね、とユニが娘に言う。娘は黙って頷いた。
お母さん、今までありがとう。
嫌だわ、どうしてそんなに寂しいこと言うのよ。
そうだぞ。別に今生の別れじゃないんだ。旦那が嫌になったら直ぐに帰って来い。
お父さん!…お父さんも、今までありがとうね。
…もう一本煙草吸ってくる。
娘は黙って頷いた。暖かい涙に包まれた夜だった。


今日もなかなか過酷な任務だったな、あいつ嫌にしぶとかった。お陰でブランド物のスーツが台なしだ、気持ち悪い。
第一この時代に馬。まあ、構わんさ。中世の騎士のようでなかなか様になるじゃないか。
アジトに着くと兄弟が迎えてくれた。玄関から身重のボスが手を振っている。
太猿に馬を任せてボスの下へ向かう。外はもう秋の頃で肌寒い。
ボスは少し緩めのワンピースにカーディガンを羽織っていただけだった。
だから!暖かい格好をしろと!何度言えばわかってくれるんだよ、あんたは!
スーツの上着を掛けようとして、血まみれなことに気づく。こんなんじゃあ胎教にも悪い。
アジトの奥からユニが出て来てボスを自室へ戻るように諭し始めた。流石、ボスの子だ。思いやりがあって気が利く。
礼を言えばぺこりと会釈をしただけで去っていった。どうやら嫌われているらしい。


昔の恋人が置いていったプランターに花が咲いた。名前も知らない花だった。
可憐に咲いているその花を枯らすことが惜しまれたので水遣りを忘れないようにしようとプランターの隣にバカラのグラスを置いた。これなら忘れまい。
昼、グラスに水を入れてプランターの土に撒いた。夜、グラスに水を入れてプランターの土に撒いた。
次の朝、グラスに水を入れてプランターの土に撒いた。今日は仕事があるから昼に水を遣れない。だから多めに撒いた。
帰ってから花を見たらしんなりしていて葉が変色していた。やはり朝の水じゃ足りなかったのだろう。グラスに水を入れてプランターの土とそれから花にかけてやった。
次の朝、花は見事に枯れていた。


「γ…いますか」
「どうしたんだ姫。こんな遅くに」
「夢を見ました」
「ほう、どんな」
「いつもは縦の夢を見るのです。でも今日は横の夢を見ました」
「横の?」
「はい。白蘭と同じです。パラレルワールドを覗きました」
「白蘭と…同じ、だと」
「見たいものを見れたわけじゃありませんから、厳密には違います。あくまで夢です。でも…」
「姫?」
「…いえ、何でもありません。ごめんなさい。夜遅くに訪ねてしまって。自室に戻ります。おやすみなさい、よい夢を」


彼女は言わなかった。大事なことを一つだけ言わなかった。
どこかの世界で桃が熟れた。





















20100819.

非常口様へ。
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