綱髑
頭がぼうっとする、体も痛い、気分が悪い。
原因はわかりきっていて、でも改善しようがないから諦めてしまうことにした。
毎日毎朝この倦怠感の中で目が覚めるのにも、もうとっくに慣れきってしまった。
初めて人を殺したときからずっとこの調子。
耳元で鳴り響く現代人の全てを支えると言っても過言でない携帯電話。
昔に私が設定した彼だけの着信音は柔らかなメロディーの甘ったるいラブバラード。
でも、これはそうじゃない。
多分、いい加減に任務に出ろとかそういう。
それを聴いていると内側から殴られるような感覚がして、吐き気がこみ上げてきた。
ああ、嫌だ、出たくない。
どうせみんな嘘吐きなんでしょう。
何も信じられない、なんて安っぽい台詞で悲劇のヒロインになるつもりはないけれど、正直言って何も信じたくない。
裏切られるのがとても怖い、とまたまた安い台詞が出てくるけど、とにかく人と関わりたくない。
私が信じられるのはボスだけ。
ボスだけが優しくて嘘を吐かなくて裏切らない。
引きこもりがちになった私のために部屋を用意してくれたし、会いにきてくれるし、こんな私にも生きる意味をくれる。
私は、そう、ボスのために生きているのだと、アイデンティティをくれた。
そこでノックが二回。
私はベッドから降りて扉へ向かう。
誰だろう、あの人だったら嫌だ、怖いから。
「クローム、起きてる?」
「!」
「開けてくれるかな」
そこには優しい笑顔のボスが立っていた。
にっこりと微笑んで私の髪を撫でる。
ああ、こんなことならきちんとブローしとくべきだった!
「また窶れたね。ちゃんと食べてる?」
「…うん。ボスが言うから、ちゃんと、朝も昼も夜も食べてる」
「ん、偉いね」
偉い、偉い、と子供にするようにボスは私の頭を繰り返し撫でる。
ふふ、と思わず笑ってしまう。
ボスだけでいい、ボスだけいたらいい、それでいい、私はそれだけで幸せになれるから。
「ねぇ、ボス、私のこと嫌いになったの?」
「どうして?」
「だって一週間も会いにきてくれなかった、」
「うん、ごめんね。忙しくてなかなか来れなかったんだ」
「そう…やっぱりボスは大変だもんね…ごめんなさい、困らせて」
「大丈夫、クロームのことは大好きだよ。愛してるの方がいいかな」
「…嬉しい」
私、ボスがいればなんだって出来る気がする。
ボスが喜んでくれるから、ご飯だってきちんと食べるし、夜だって頑張って眠る。
大好き、愛してるの、何よりもずっとずっとボスのことが大切で、ああ、私って幸せなんだ、と思った。
ボスはいつも私に部屋の外に出てみないかと言う。
みんなお前に会いたがっているよって困ったように笑う。
私はいつも首を横に振る。
ボスだけでいい、他の人は怖いから嫌い。
そう言うとボスはいつかきっと平気になるよと微笑む。
私はそんないつかは来なくていいと思ってる。
私だけの部屋にボスが会いに来て二人だけの世界で夢を見ていたい。
それだけで十分なのに、と額にキスを落とすボスの近すぎてどこだかわからない首の辺りを見て思った。
20100709.