髑髏

















車の窓の外を景色が流れる。夕闇の中に暖かい光が並んでいる。

夕暮れ時。

遊び回った子供がしだいに一人また一人と帰っていく時間。嗚呼、今まさに煉瓦を敷き詰めた道を無邪気な少年達が駆けていく。そんな景色を横目に車は道を滑るように進む。

この通りは歩行者が多いのだった。そんな所を車で移動するのは、病人か金持ちだけ。坐り心地の良い皮張りのシートに黒光りする長い車体、おまけにスモークを貼ったガラスとくればこれは相当な金持ちの車であろうと市民は心の隅で思う。

間もなく夜が来る。

夜の通りは穏やかに賑やかだ。オレンジ色の照明の下でガラス細工を売ったりお菓子を売ったり。嗚呼そうかここは観光地にも繋がっているのか。

そんな道をゆっくりと、車は滑るように進む。ひじ掛けに体を預けてぼんやりとそれらを眺める華やかじゃない夜の街は好き。いつかここを歩きたいと、考えてみる。

森の中はもう夜だった。

城のように立派で風格のある建物の門を潜って、車は玄関の前に停止する。助手席を降りた部下がドアを開けてくれる。一体何処の御令嬢かと思う程の丁寧な扱いに眩暈がする。

アジトの中はセキュリティチェックが馬鹿みたいに沢山ある。内ポケットからカードを取り出しては通し、光彩を見せ、静脈をスキャンして、ようやく穏やかな空間に辿り着ける仕組み。

私の部屋は東にあってその周りは基本的に私の直属の部下の部屋になっている。所謂、側近というやつだった。ボスの側近である守護者に側近が付くなんて考えてみればおかしな話だ。でも、わざわざボスが考慮して全員女性で固めてくれた人事に文句を言うわけにもいかない。




「クローム様、どうかなさいましたか?」

「どうして?」

「車の中からずっと浮かない顔をなさっています。何処かお体でも…?」

「やだ、そんなに暗い顔、してたの?」

「ええ、はい、」




ごめんなさい、なんでもないの。多分、ちょっと疲れただけ。そう言うと「謝らないでください」と慌てたように彼女達が言う。

クローム様、クローム様、と、私に憧れの眼差しを向ける彼女達に昔の自分がダブる。あの時は骸様が世界の全てのような気がしていた。恐ろしいくらいにそう思っていた。

だから彼女達の気持ちはわかる。何でもいいから、幻でいいから拠り所が欲しいだけ。男ばかりの世界で、新しい上司は一体誰だろうと不安な所に現れたのがたまたま私で、しかも日本人の女なのに霧の守護者となれば、過剰な憧れを投影してしまうのも仕方がないかもしれない。痛い程によくわかる。

報告を終えた頃には深夜になっていた。

私の部屋がある東の棟には少し広めの談話室がついていた。眠れない日は大抵そこで本を読んだり音楽を聴いたりして朝を待つ。

今日は酷く疲れているのに心が鉛を飲んだように重かったから眠るのを諦めることにした。お気に入りの宇多田ヒカルをBGMに虞美人草の続きを開く。嗚呼、そうね、剣と剣を合わせたかったわけではなかったの。




「……クローム様」

「ああ、ごめんなさい。うるさかった?」

「いえ、お気になさらず。…あの、ここにいても?」

「つまらないと思うけど…」

「構いません」




クローム様のお傍にいれるだけで、楽しいです。素敵な妄信だ。私は本当は彼女達が描くような人間じゃない。未だに内臓を自己生産しては崩壊して、何度も医療設備の増大に拍車をかけているようなただの出来損ない。

いつか、予定がないメンバーで市場に行きたい。食材を買って、みんなで料理して食べる。きっと楽しいと思う。私の小さな思い付きは実現されることはないだろう。あの市場に行きたい。きっと朝はもっと活気があって暖かいに違いない。

夜は更に深くなる気配を見せていた。



















2010706.
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