綱髑


























ぎゅう、とボスの線が細いけどしっかりしてる胸に抱きしめられる。
すると呼吸が不意に楽になる。
焦げたようなにおいと生臭い鉄が混じった空気を肺いっぱいに吸い込んで吐き出すと久しぶりの酸素に頭がくらくらした。

ああ、生きている。




「大丈夫?」

「っ、は…ぁ……だい、じょ…ぶ」

「そう、じゃあもう少し頑張れるね?」




まだ少し息が苦しかったから声は出さずに首を縦になるべく力一杯振った。
私、まだ、頑張れるから、見捨てないで。

ボスの役に立つために三叉槍を握り締めて幻覚を創りだす私は映画の滑稽な脇役のようだった。
頭の中になるべくグロテスクでそれでいて死ぬほどえぐくもない想像を浮かべる。
私の精一杯の覚悟と混ぜると目の前の男が声にならない叫びを上げた。

頼むからどうか殺してくれ、殺せ、殺せと男は言う。
そんな男の頭を正確には髪の毛を更に言うなら真ん中辺りの髪を鷲掴みにしてボスは低い声を出した。




「じゃあ早く吐いてくれるかな。こっちもそんなに暇じゃないんだよね、わかる?」

「…ぅ、あ、殺して…くれ」

「クローム、続けて」

「……うん」




喉からただ空気が漏れるようなか細くて痛い悲鳴が耳に響く。
ああこの人はきっと死んでしまう。
もうすぐ死んでしまう。
私はボスから命令があるまでは殺してはいけないことになっているから油断ならない。
うっかり殺してしまっては私が怒られるのだ。




「ボス、この人…もう、」

「そうだね。何も言いそうにないし、それに最初言ってたみたいに何も知らされてないのかもしれないし。いいよ、もう」




殺して、いいよ。
ボスはそこの部分だけ声を出さずに言った。
唇が無慈悲な言葉を紡いでいることを男は知らない。
きっと一生知らない。
私は目を閉じて男の脳が壊れるような幻覚を創った。
つまり私の脳も壊れるような想像に覚悟を、混ぜた。




「ああああああっ…!」




悲鳴を上げたのは男ではなかった。
男はひゅっ、と息を飲んで絶命した。
悲鳴を上げたのは私だった。
言いようのない恐怖が脳の中を駆け回る。
助けて、だめ、死んでしまう!




「クローム、落ち着いて、大丈夫だよ、幻覚だ」

「だめっ、だめ…あああ!やめて!もうやめて…!」

「飲まれちゃいけないよ、それは君の力なんだから」

「あっ…ボス、だめ、ボスが、っ」

「俺はここだよ、クローム。聞こえるだろう、帰っておいで」




頭の中に二人の自分がいるような感覚。
幻覚に怯える自分と幻覚だと理解している自分。
ボスの声は聞こえるのに、わかるのに、息が上手くできなくて苦しい。
死んでしまいそうだ。

ぎゅう、と線が細いけどしっかりしてる胸に抱きしめられる。
すると呼吸が不意に楽になる。
男のいた場所に火が燃えている。
私の口から血が少し零れた。
いけない、ちゃんと内臓を維持しなくては、役に立てなくなってしまう。
落ち着き始めた頭の中にリアルな臓器を思い浮かべる。

ボスは本当に優しいのだ。
私みたいな役立たずでも拾ってくれるし、あの男みたいな組織の裏切り者の話も聞こうとする。
ボスに抱きしめられると深い水の底から引き上げられたような感覚になる。
息がずっとずっと楽になる。




「大丈夫?」

「う、ん……さっきより、ぜんぜ…へいき、」

「次、いける?」




黙って頷く。
ボスは満足そうに笑った。
ああ、生きている。
私は痛みを感じて恐怖を感じて、ボスに助けられて、生きている。
ボスがいつか音もなく死ねと言うとき、私はきっと一生それを知らないで終わるのだろう。


















20100626.
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -