綱ディノ












ね、ディーノさん。今だけでいいから指輪外してくれませんか。そっと薬指の指輪をなぞりながら言う。白金製の細いラインがひんやりと冷たい。かたい。過度の装飾なんてないのに、ダイヤだって付いてないのに、それはそれは大層な存在感を放っていた。白人系の透ける肌に溶け込むように光っていた。
今だけ。二人の時だけ外してくれたっていいじゃないですか。なんて、ずるいことはわかっている。ディーノさんは人を愛するのが下手な人だ。俺とこうやってこっそり会うくせに、奥さんのことは裏切れないとか言う。自分を好いてくれる人を切り捨てられない。馬鹿な人だなあ、とつくづく思う。今だって、俺がもう一度頼めばその指輪はサイドテーブルに置かれる運命なのだ。

ディーノさん。

名前を呼ぶと、観念したような顔をして、仕方ねぇなあ、って笑いながら薬指の指輪に手をかける。馬鹿な人だ。俺は一度も指輪を外したことなんかないのに。



俺とディーノさんは記号だけを見れば所謂不倫の関係だった。しかもダブル不倫。男同士で。こう見ると様々な障害があってでも愛し合う涙ぐましい関係に見えてくるけれど、結局は俺の行き過ぎた片思いと独占欲の成れの果てだった。
俺は昔からこの人が好きで、いつかこの美しい人を自分のものにしたいと思っていた。ヘタレの草食系男子に見えたであろう中学生の沢田綱吉の頭の中はそんなことでぎっしりだった。だから諦められなかった。性別なんて世界に出ればちっぽけなことだと知ったし、結婚は感情でするものでないことも知った。幸いなことに、俺はボンゴレのボスに生まれた。彼はその傘下のファミリーのボスだった。こんなものそこらの本で使い古されていそうな設定だ。権力は暴力より強かった。


きらきらした髪も、真っ白な肌も、割とごつごつした手も、全部俺のものなのだ。見ず知らずのぽっと出の令嬢なんかにこの人の美しさはわからない。内臓の隅から隅まで知り尽くしたい俺とはレベルが違うのだから仕方ない。けれど、俺は時々どうしようもない憤りを感じることがある。どちらかが女だったら、とかそんな幻想は抱かない。それじゃあ意味がないのだから。ただどうして彼を攫って俺だけのものにできる世界でないのか、という疑問だけが鋸のように俺の神経を刺激した。


「ディーノさん。噛んでもいいですか?」


ディーノさんは何も言わない。黙って俺の癖の強い髪を撫でる。ぐずる子供にするみたいに。彼の笑顔はなんていうか、太陽みたいなのだ。よく晴れた日のベランダにいるような気持ちになる。俺はその手を取って指先を口に含む。かたい爪の感触がした。ぐっ、とチカラを込めて歯を立てると手がびくりと跳ねる。薄い皮膚の下の骨がごりりと音を鳴らす。俺は歯型が残るまで執拗に噛んだ。ディーノさんは何も言わない。大事にしたい、傷つけたい。喜ばせたい、悲しませたい。笑わせたい、泣かせたい。もう解放したい、ずっと独り占めしたい。相反する気持ちがない交ぜになって、いつも俺はディーノさんの皮膚に歯を立てたくなる。ディーノさんは何も言わない。何も言えない。俺の着てる権力は決して脱がすことができない。

くっきりと指に残った痛々しい跡を見て俺はようやく穏やかな心で眠れるのだった。






















20111014.
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