綱髑+炎アデ























アーデルハイトが泣いた。あの気高く美しいアーデルハイトが。





寂しいの。最近どんどん炎真が離れていく気がして。おかしいわね、私。別に喧嘩なんてしてないし、昨日の夜だって一緒に夕飯を食べてその後…まあ察してちょうだい。そうよ、円満なのよ。何も問題ないのよ。本当に。それなのに寂しいの。どうしてかしら。気持ちのどこかに穴が空いたみたい。……やだ、悪いわね。いきなり来てこんな………。






そう独り言でも言うようにアーデルハイトはぽつぽつ話して泣いた。私は正直驚いた。アーデルハイトは泣かない人だと思っていたのだ。別にずっと昔から一緒なわけじゃないから本当のところはわからない。もしかしたら私と出会う幼稚園や小学校の頃は泣き虫でどうしようもなかったのかもしれない。でも私が知る限り、彼女が泣いた日はない。





私はそっとアーデルハイトの指が長く白くしなやかな細い手を両手の中に抱いた。ちょうど国の偉い人の奥さんが国民にするように、柔らかく握った。アーデルハイトの手はひんやりと冷たい。冷え症なのよ、とかじかむ指を擦っていた冬。アーデルハイトはイギリス人に言わせれば心が温かい人なのだ。



「ね、アーデル。旅行に出よう。二人で。どこか違う国に行こう」
「二人で?いつ?炎真に訊いてみないと」
「だめ。古里くんには黙って行くの」
「黙ってですって?そんなのいけないわ。第一、あなただって沢田綱吉に言わないとダメでしょう」
「ボスはいいの」




どうせボスは私がどこで何をしようと気にしない。最後は自分の所に帰ってくる、と、彼は大層な自信家なのだ。猫でも飼ってる気分なんだと思う。
言うとアーデルハイトは一旦止まった涙をまたボロボロと零しはじめた。






そんなのって、ないわ。すごくひどい男じゃない。

可哀相なクローム。






そうして泣くアーデルハイトを見て、ああこの人も同じなんだなあ、と感じた。きっとアーデルハイトと古里くんも同じなんだ。私はそれで平気だけど、アーデルハイトはそれが寂しいんだ。可哀相なクローム。言いたいことはわかる。可哀相なアーデルハイト。
私とアーデルハイトは全く似ていないように見えて、実はよく似ていた。二人とも報われてるんだかそうでないんだかよくわからないまま愛情を注ぐのが好きだった。



アーデルハイトは先ほど円満だと言った。嘘ばっかりだ。円満ならばアーデルハイトが私の前で泣くはずはないのだ。古里くんの前で洗いざらい心の中をぶちまけて、その後アーデルハイトが頼りないと評価する胸板の中で眠るはずで、アーデルハイトはそうでなくてはならない。私みたいに寂しい寂しいと言うような精神ではいけない。なんせ彼女は気高く美しいのだから。



「行きたい所はある?アーデル、ドイツ語できるよね。ドイツに行く?」
「クローム」
「スイスもいいね。イタリア語が通じる地域なら楽かもしれない」
「私は」
「甘い物は好き?オーストリアとかベルギーとかもドイツ語通じなかったっけ?」
「ベルギーはフランス語とオランダ語よ」
「そっか。外国に出なくてもいいかも。南を離れよう。北に行って活気ある町に滞在するのもいいかな」


南イタリアから離れよう。こんなマフィアばっかりいる場所にいるから心がふさぎ込むの、そうに違いない。もっと空気が綺麗な所に行こう。古里くんには旅先からポストカードの一枚でも送れば十分だよ。何も持たないで服も向こうで買って、ドイツでもスイスでもオーストリアでもベルギーでも北イタリアでも、一瞬でいいからマフィアとか忘れてしまおう。










「クローム、でも、やっぱり私、炎真に黙って行くことはできないわ」












ああ、この人怖いんだな。って思った。何も言わずにいなくなって、何の反応もなくて、とうとう辛くなって帰った時に、何食わぬ顔をされるのが怖いんだ。だから一生懸命に自分はどこに行って何をするとかアピールしてるんだ。強いなあ、アーデルハイトは。私なんてもうとっくに諦めてしまったのに。やっぱり彼女は美しくて気高い。沼の中でももがくのを止めない。馬鹿な人だ、アーデルハイトも私も。

























20110502.
ひろ様へ
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