綱髑


























「ボス、お帰りなさい」
「ただいま」
「ご飯出来てるから温めるね」
「あー、いいよ。食べてきたから」


…え?とクロームが固まる。事前に連絡入れなかったのはやっぱりまずかったかな。でも急なアレだったし、待たせるのも悪かったし、しかたなかったよなあ、と綱吉が自己完結して謝ろうと口を開きかけると、クロームはエプロンの裾をきゅうと握って俯いていた。泣いてる?まさか。


「どうして…」
「ほんとごめん。急に決まってさ、その…」
「どうして?ボスは毎日私の手料理を食べたいって言ったのに。だから私頑張って練習したのに。毎日欠かさず食べてくれたのに、それなのにもう食べてきたってどういうこと?私のご飯は食べないってこと?毎日私の手料理がいいって言ったのに?」
「クローム…?」


かたかたと震えながらクロームは息継ぎなしに喋り続ける。外食してきたのに腹が立ったとしても尋常じゃない様子に綱吉は恐怖すら感じる。
どうしたの?疲れてる?綱吉がクロームの肩に手を置いて顔を覗き込む。クロームは片方しかない目を見開いていた。焦点が合っていない。息が荒い。どう見てもおかしかった。


「ねえ、ボス。いつもと違う香りがするのはどうして?汗をかいたの?シャワーを浴びたの?香水つけ直したの?それとも誰かとくっついたの?ねえ、どうして?」
「クローム、落ち着いて、」
「どうしてって訊いてるの!答えて!」


叫ぶ。近くに花瓶があれば投げつけて割りそうな勢いだ。綱吉はクロームのあまりの豹変ぶりに驚いてしまって何も言えなくなっていた。
クロームは焦点の合わない目のまま綱吉を見る。ぞっとした。狂気に満ちた顔をしていた。綺麗な顔をしているから尚更恐ろしかった。作り物のようなのだ。


「ボス…ご飯食べるだけじゃこんな時間にならないよね。何してきたの?お話?私みたいな教養のない部下よりもお金持ちのお嬢様の方が話してて楽しいの?」
「違う…」
「違う?じゃあセックスでもしてきたの?私なんかには見合わないような高いホテルのスイートで?ねえ、ボス。本当のこと言ってくれないと私」


思い込みで殺人犯になっちゃうかも。クロームが言う。綱吉は黙っていた。何も言わなかった。否定も肯定もしなかったけれど、クロームにとっては肯定と同じだった。
クロームは三叉槍を取り出す。どこにどのように携帯しているかは誰もわからないそれをぎゅうと両手で握りしめる。
綱吉の頭に嫌な予感が過ぎる。しかし何もできなかった。理解できずに足がすくんでいた。俺はボスなんだからそういうことがあるのは十分承知していたんじゃないのか?


「どうして!私がボスの奥さんなのに!ボスは私の作った晩御飯を食べて私と眠って私と朝御飯を食べて私の作ったお弁当を食べて私の所に帰ってくるはずなのに!ボスの服も靴も香水も私が選ぶの!私が!私がどれだけボスのこと愛してるかボス知らないでしょう?ね、だからこんなことできちゃったんだよね」
「お、い…?クローム…それ」
「もしもの話。なんらかの事故で片足なくなったりしたらもうボスは引退するよね。引退しなくても今まで通りにはいかないよね。生活も一人じゃままならないんだもの。やだボスったら怖がらないで。もしもの話だってば。それでね、足とかって腐っても切るんだって。シャマル先生言ってたの。血が回らなきゃ腐る、って。でもそれって時間かかるし苦しいと思う。だからやっぱり一息でいくのが一番かな」


もしもの話。もしもの話。もしもに託してクロームは願望を語る。三叉槍はまだ握ったまま、綱吉は動けないまま。
もしもボスが一人じゃ生活できなくなったら私が助けてあげるね。四六時中我が儘言われても私堪えられるよ。寧ろ嬉しい。これくらいしたら愛してるって伝わる?
綱吉はもう沢山だと思った。自分のことを理解してくれて面倒じゃなさそうだからクロームを選んだというのに、計算違いどころではない。


「ボス、大丈夫よ。私はずっと側にいるから」


クロームの白くて小さな手が綱吉の太ももを撫でる。スーツの下の、皮膚の下の、筋肉の下の、骨の下の、表面からずっとずっと下にある自分の愛を浮かべてうっとりと笑った。クロームの愛は綱吉の体の隅から隅までにあるのだと信じきっていた。綱吉は動けなかった。もう動けなかった。

























片足ピエロ

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