ザンスク
じわりじわりと自分の血が水に滲むのを見ていた。いつだったか、こんな光景は一度見たことがある。確かリングを奪い合い戦い、たかだか中学生の野球も剣も選べない甘ったれた、でも才能はぴか一だった咲きかけの剣士に負けて、鮫に喰われかけた時だった。あの時は助けが入り一命を取り留めたが、今回はそんな助けも入りそうにない。
自分は死ぬんだと思った。いや、悟った。こうも長い間、人生のほとんどを死と共に生きてきた俺に、自らに訪れるそれがわからないわけがない。
特に未練はない。失うものも遺すものもない。物心ついた時から今まで馬鹿みたいに生きたいように生きてきたツケだ。
だからよお、ザンザス。泣くんじゃねぇぞぉ。
そう言うと、黙れカス、と煙をうっすら上げる拳銃を握ったザンザスがいつも通りの台詞を返す。声が、震えている。こんなの今までなかったのになあ、とザンザスを見れば、涙。
「なんだよ泣いてるじゃねぇか」
「泣いてねぇ」
俺は、感情が豊かなことは悪くないと思う。泣くのも笑うのも他人にわかるように表現できるのは人間だけだろう。いや、もしかしたら犬なら犬同士、蛇なら蛇同士わかるのかもしれないが、俺達は人間だ。だからもっともっと、笑ったり泣いたりすべきなのだ。お前は特に。
ザンザスの相変わらずの仏頂面を見ながら、俺は死ぬ直前までこいつの先を案じて逝くのかと、考えると少し笑えた。俺はザンザスのママンか。思わず、はは、と笑うと喉の奥から血が上がってきた。傷口からも未だ俺の血は止まらない。きっと水と一緒に流れて流れて、とうとう薄まって見た目はただの水になって流れて流れて、それでも俺の血は世界を巡る。なんとまあ壮大な話だ。今日が雨でよかった。俺は初めて雨を好きになった。こいつ一人残すにはあまりにこの世界は無愛想すぎた。
「ザンザス、お前もっと、笑えよ……んで、泣け…怒ってばっか、じゃあ、疲れんだろ………なあ」
「おい、カス」
ああ最後まで俺の呼び名はカスか。それじゃ誰を呼んでんだかわかりゃしねぇ。スクアーロ。傲慢な鮫。自分で勝手に名付けたにしちゃあ気に入ってんだからよお。
俺は、葬式の時ぐらいスクアーロと呼んでくれ、と思いながら世界を巡る旅へと足を踏み出した。また帰ってくるさ、ザンザス。
「おい、」
「なに勝手に死んでんだ」
「誰が許可した」
「おい、カス鮫」
「ふざけてんのか」
「ブチ抜くぞ」
「……スクアーロ」
20110528.