ディノ骸

















跳ね馬がソファーに座る。僕は床に座り込む。膝の上に頭を乗せる。穿き古したジーンズのにおいがする。髪を撫でる手は暖かくて大きい。僕は見たこともない父親に撫でられている気分になった。


「骸?ソファーに座らなくていいのか?」


黙っている、イコール、肯定。何も聞かずに頭を撫で続けて欲しい。これが本で読んだ「しあわせ」というならもっと欲しい。ずっとここにいたい。
僕の存在意義を忘れそうになるその都度に彼に会いたくなる。頭を撫でてほしくなる。そんなことを言うと跳ね馬は決まって「生きているだけで意味があるんだ」と使い古されたような、でも実際に面と向かって言う人は滅多にいないことを言う。
この命が初めて生まれてきたものだったらよかったのにと何度思っただろう。最初の命で、欲を言うならば女で、なんなら本当に彼の子供だってよかったから、最初に彼を知って、最初に彼を好きになるのだ。いつか生まれる次代キャバッローネのボスが今から妬ましい。


「今日はいい天気だな。後でテラスで紅茶でも飲むかー?骸、そういうの好きだろ」
「ええ…そうですね」


まどろみと目覚めているときの間ぐらいが一番気持ちいい。ゆらゆら揺れてるような気分。怒られるから言わないけれど、実は死ぬ瞬間も同じ感じがする。死ぬのと眠るのは似ている。だから起きるのを怖がる人は少ないのに、眠るのを怖がる人は多いんじゃないだろうか。わからないものは怖い。


「なー、骸」
「はい」
「なんでもない」
「何なんですか…それ」


なんでもない、と言ったのに跳ね馬は何か言いたげあーとかああとか唸っている。言いたいことがあるなら早く言えとばかりにジーンズに額を押し付ける。太陽のにおいがした。


「………今から言うこと、笑うなよ」
「いいですよ」


幸せになろう。と跳ね馬はえらく真剣な顔で言った。余りに真剣過ぎて泣きそうになっていた。眠い頭でそれを聞いて顔を見た。思わず、笑うどころか僕が泣いてしまった。ぼたぼたと涙が止まらない。一体僕は何に感動してしまったというのだ。こんなヘラヘラした男の泣きそうな顔で言った言葉のどこに。


「なっ、そこ泣くか!?」
「うる、っさいです、ばか!」
「ひでぇ!俺めっちゃ勇気振り絞ったのに!」


ぎゃあぎゃあと先程までの空気ぶち壊しで跳ね馬が騒ぐ。僕の眠気もすっかり飛んでいってしまった。馬鹿だ、正真正銘の馬鹿だ。気に入らない。意味がわからない。どうして僕はこんな男が好きなんだ、好きになってしまったんだ。誰か教えてくれないか。

幸せになる、って何なのか僕にはよくわからない。幸せとは何なのかもやはりよくわからない。あくまでも希望だけれど、優しくて柔らかいものだったら良いと思う。わからないものは怖い。跳ね馬と僕が笑っている。それが幸せなら、と思って自分の脳がすっかり乙女思考のピンク色に染まっているのを自覚した。


「明日は、きょっ、うよりもっ、幸せに、っしなさい」
「うん」
「あさって、は、明日よりも、です、っ」
「うん」
「しあ、さっては、」
「うん。いつまでも前の日よりも幸せにしてやるよ」


ひっでー顔、と跳ね馬が僕の泣き顔を見て言った。人の顔を見て笑うとは失礼な、と思ったら、跳ね馬も泣いていた。




















20110223.
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -