髪:思慕


まるで糸のようだった。
触れても抜けて絡まりもせず、するすると流れ落ちるその漆黒の髪がまばゆく反射して剣城の視界を妨げる。ダーナは窓際で小説を読んでいて日も気にせず並んだ活字を黙々と目を動かして読んでいる。凄まじい集中力にまるで自分の時間も止まったようにダーナの淑やかな仕草に目を奪われ動けない。ちらりと剣城を確認する金色の瞳が、剣城を捉えて離さないのがどこか腑に落ちないのか負けじと睨み返す。目つきの悪さはお互い様である。ダーナは剣城の、自分と同じ色の瞳を見て一つ小さくため息をついて小説に目を戻した。

「じっと見ないでくれる?小説がなかなか読めないじゃないの」

「…」

ダーナの一言に剣城は目線を伏せた。
エルドラドとクロノストームの混合チームを作ったときに剣城がキャプテンを努めるチームにダーナが振り分けられたのが始まりだった。神童のチームに比べれば自分のチームは多少のまとまりがあるとは安心していたのだがあくまで自分は一年。まとめられるのかと心配していたとき、真っ先にチームの雰囲気を悪くしたのは彼女だった。
『私は必要最低限の練習しかしない。する意味がないもの』
最低だ。見た目で言えば可愛らしい部類に入る彼女の揺るがない姿勢に圧倒されて、止めることも出来なかった。ダーナが言っていることは剣城の意志に反することであり、それからはミスが多く続いた。剣城自身も、チームにもだ。どうも苛々する。その思いで自主練習に誘いにダーナの部屋まで行ったとき、剣城は改めて彼女を嫌いになった。
『私がこの間言った言葉、覚えてる?
必要最低限の練習だけでいいの。私たちエルドラドはあなたたちよりも強いからよ。精々必死になってクロノストームとやらだけで練習してなさい』
剣城のダーナに対する印象は最悪になった。ここまで可愛げのない女がどこにいる。いや、ここにいる、剣城は自問自答を繰り返してダーナの部屋を後にする。その次の瞬間だった。殺風景な廊下にダーナの声が響いたのは。
『私がいるチームのキャプテンがそんなに情けない背中をしているのは許せないわ。ガンマ様みたいに胸を張ってみたらどう?』

『ダーナ…。本当に自主練習に参加するつもりはないのか?』

『ないわ、といったら?』

『あると言ったら、お前も含めみんなと練習する。ないと言ったら、俺はもう、お前を無理に誘ったりはしない』

『ふうん、まあ、あるんだけどね』

振り返ると練習着に着替えていたダーナがいた。仲間が一人増えた、と喜ぶ気持ちが大半だったがよくわからない気分が悪くなるような気持ちも少し剣城の胸に疼いていた。
その時からだ。剣城がダーナから目を離せなくなったのは。彼女を見ていると、さらさらと艶のある黒髪に触れたくなるのだ。白い雪のような肌に触れたくなるのだ。だから今、剣城はダーナの髪に触れた。思っていたよりも幾分と柔らかい触り心地のそれは紛れもなくダーナのもので、剣城は窓際に座るダーナの後ろから漆黒の髪を触った。ダーナは慣れているのか、はたまた気付いていないのか、わからないが何も言わなかった。

「ダーナ」

「なあに」

読んでいる小説から一切目を離そうとしないその横顔にまた胸が痛くなる。
──綺麗だ
大嫌いだった彼女が、いつの間に自分にとってこんなにも大きな存在になったのだろうか。髪に触れる手を止めなかったら、ダーナは剣城をちらりと見つめた。

「ねえ、ツルギ?少し痛いのだけど」

「すまない」

「私、ツルギのこと好きよ」

ダーナが小説から目を離さず、剣城に向けて言葉を発した。剣城はその現実が飲み込めなくて、目を大きくさせ、ダーナの髪を触る指をそれから離して数秒間時間が止まったような感覚に陥る。どくんどくんと心臓は脈を打つ音を大きくさせた。そして、ダーナがゆっくりと振り返った。

「ツルギは?私のこと、好き?」

「…」

剣城は少し黙ってから、ダーナの漆黒の髪にキスをした。ダーナが好きだと、返事をするのが恥ずかしかったのか、それとも心臓の音を紛らわせたかったのか、ダーナにはわからないが剣城はダーナの髪にキスをした。間違いのない事実を自身に語りかけると改めてダーナは少し顔を紅潮させ、剣城の顔を覗き込む。

「私、気付いたことがあるの」

「…なんだ?」

「ツルギは案外、男らしくないってこと」

「なっ!」

「髪にしかキスが出来ないんだもの」

剣城は押し黙った。そして、再び小説に目を戻そうとしたダーナを見つめることしか出来なくて、自身に嫌気がさした。ただ、剣城の中で自分はダーナが好きなんだ、という事実とすとんとまとまって、晴れがましい気持ちでいた。ダーナは、紅潮した頬を露わにしたまま小説を黙読している。それが可愛くて剣城は再びダーナの髪に触れる。

「今は、髪で十分だ」

「あら、私がその程度ってこと?」

「…さあな」

剣城は、ダーナのむっとした表情をいつになく優しい瞳に映していた。





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2014.03.31
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