瞼: 憧憬


彼の笑顔が、嫌いだった。
屈託なく、無邪気に笑うその表情に異常に胸が苦しくなる。締め付けられ、時には柔く針に刺されたようにちくりと心地よいその刺激が、たまらなく愛しいと感じる自分も嫌いだった。彼は、宮坂了はその笑顔をここぞとばかりに浮かべるが、可愛らしい顔で俺を見つめるその瞳はとてもじゃないけど可愛らしくはない。笑顔と裏腹、奥底まで見透かすその瞳は好きだった。

「宮坂」

「なんですか?」

俺より少し低めの身長がまた可愛らしく彼の雰囲気を引き立てていて、大きな瞳はやはり俺を映し見透かしていた。
宮坂は一個下の中学のときの陸上部の後輩で、俺が陸上部を抜けてからも慕って、試合の応援に来てくれたり、差し入れを持ってきてくれたりしてくれる。いろんなところで彼女?と聞かれる度に顔を少し赤くして違いますよぅと小さく否定するときの顔が可愛いけど、えへへと他のやつにも同じ笑顔を見せている宮坂が嫌いだった。
俺はきっと、俺を見てくれる人なら誰でも良かったのに、宮坂は俺しかダメだったから俺は宮坂を嫌いだった。
─────俺しかダメならどうして俺以外にも笑顔を向けるんだよ。
俺は宮坂を嫌いな反面どこか依存している部分があったのかもしれない。結局、そのまま変わらない関係で俺は卒業式を迎えた。泣いている宮坂の頭を撫でながら彼の表情を盗み見ると、やっぱり涙を浮かべながらも俺の心を見透かしていた。あなたはそれでいいんですか、離れてしまうのですかと宮坂の瞳に俺は視線を反らして逃げることしか出来なかった。
聞いた話だと、その後宮坂は高校で海外に留学したらしい。夢を叶えられたんだな、と宮坂を羨ましく思っていた高校三年のとき、卒業と同時にプロリーグのスカウトがきた。

「あのときは、まさかこんな風になるとは思ってなかった」

「そ、それは僕もですよ!」

もしかしたら、小さな小さな期待をして海外に出た俺と宮坂は偶然、本当に運命的に海外で出会った。それからだ。こんな風に一緒に暮らしているのは。

「正直、俺、宮坂の笑顔が嫌いだったんだ」

「知ってましたよ」

宮坂は最近、笑顔でも俺を見透かすようになってきたことがどこか気に食わないのかぽとりと昔の本音を零してしまった。宮坂は向かい合って机に肘を突いてまたにっこりと笑って答えた。ふふっ、と漏らす笑い声も大人びた不思議さを含んで、取り巻く空気をゆっくり流れる音楽のように素敵で。

「なっ、にを笑ってるんだ?」

「風丸さんは昔から変わっていないなと思って」

宮坂は伸びた金髪を撫でながら俺の顔を見て呟いた。その様子があまりに美しくて、時間の流れを見せ付けられたような宮坂のその姿になにか、心の奥にうずうずと湧くわからない感情。これは、あの頃の依存ではないような気がした。けれど今は宮坂の声しか耳に入らない。

「風丸さんって、昔から僕が笑うと嫌そうな顔するんですよ。見ててわかるくらいに。特に、僕が他の人と喋っていると」

「………」

「それが嬉しくて、他の人とばかり話していたら、いつの間にかもう卒業式でした」

少し切なげな宮坂の表情。こいつは、目の前の宮坂了はこんなにも可愛かったのかと聞かれれば、今なら頷ける。俺の一言に一喜一憂してるからか、多分それもあるだろう。ただ、彼のその瞳があまりにも弱々しかったから目が離せなくなったのは一理ある。

「そうか、そんなことが」

がたりと椅子は音を立てて俺は立ち上がった。驚いた顔をした宮坂に一歩一歩近付く。悲しげな瞳がどんどん俺の顔を見て大きく開いている。なんて可愛いのだろう。俺は宮坂の顔を手で包み込むようにして引き寄せ、瞼に小さくキスをした。あの、大嫌いで愛していた、今は変わった優しい瞳に。宮坂は唖然としたあと、顔を赤くして俺を見つめる。

「風丸さん…?」

「………好きだ、宮坂」

目を細めて笑う宮坂の笑顔が好きだ。俺を包み込むような優しさに溢れているから。俺の全部を許して見つめてくれるから。






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2014.02.10
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