※あなたへと通ずる青い空が滲む



「夜叉丸殿…」

もう直に塞がって二度と開かないだろう我が眼を必死にこじ開けていると走馬灯のように貴方とのことが、全て脳裏を過ぎる。
いつの日か貴方と愛の言葉を交わした木の下では、あの日と変わらない風が私の結われていない髪をさらさらと掬っていく。嗚呼冷たい。こんなにも冷たいものだったのだろうかと目を閉じて思い出してみると、貴方の温もりがあったからだと改めて冷たさを痛感する。

『いつ、お戻りになられるのですか』

高くて遠い、貴方も見えているであろう壮大な空を見上げ滲み出す景色をぐっと堪えて服を握り締める。
──嗚呼夜叉丸殿。最後に貴方を見たのはあの木の下でしたよね、風に包まれて、二人して抱き合って。貴方の姿を見たのはこの間だけれど。如月左衛門が貴方に化けていたのです。私は間抜けなほど気付かなかった。貴方が生きていたことが何よりも嬉しくて、疑う前に喜んでしまったのです。さすが夜叉丸殿、短い髪でも似合っていると思いながら、横顔を見ていても気付かなかった。なんと馬鹿な女でしょう、盲目的に愛してしまって忍として大切な見切ることと、疑うことを忘れてしまうなんて。
最後の最期まで、私の頭の中は夜叉丸殿のことでいっぱいだった。意識の朦朧とする中で貴方は精一杯私に手を伸ばしてくれていた。嗚呼、あの時と同じね。生きる意味を無くした私に手を差し伸ばしてくれた、あの時と。斬られてしまった腕が痛い。けれど、それ以上に貴方の手を取れないことが何よりも心が痛いです。夜叉丸殿、夜叉丸殿、会いとうございます、最期に貴方に抱き締めて欲しい、最期に貴方に好きだと、…。
体の重心が右に偏って、崖から底に落ちる。嗚呼、空は青い。貴方と見た、雲一つない空と同じ。違うのは、霞んで見える、私の目だけ。もう一度、この空を…。落ちる途中に感覚の無くなった飾り物の脚が風に抵抗して揺られた。此処では、死にたくない。貴方に通ずる青い空が此処からでは見えないから。
──嗚呼、滲んでいく。さようなら、朧様、どうか、伊賀を勝利へと、…導いてください。
…夜叉丸殿、今、そちらへ向かいます。もう直ぐ、また二人で風に包まれながら空を見られますよ。そうしたらまた、抱き締めて下さい。
そう思いながら、底の地面に叩きつけられた衝撃で口から再び血が吹き出した。そうして、閉じた私の瞳は二度と開かれることはなかった。




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2014.03.08
バジリスク/夜叉丸と蛍火






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