小説 | ナノ


▽ もしも君の安心できる場所が僕の腕の中であったとして


ジャンヌ・ダルクを見たときに、本当にこの女性がフランスを救えるのだろうかと疑ったくらい覇気なんて全く感じられないしどこにでも居そうな気弱な女の子だと呆気にとられた。
何故なら、霧野の想像のジャンヌ・ダルクは勇敢に旗を抱え兵を後ろから支え奮え立たせる、非常に勇ましい女性だったからである。少し度の強そうな眼鏡を階段を踏み外した際に落とし、顔を上げたときの不安げな表情に今までに感じたことない感情が心の奥から湧き上がり彼女を知りたくなった。彼女と分かり合いたかった。

「ランマルは強いのね」

「は…」

そんなときだった。
幼なじみの神童には化身が使えて、化身アームドが出来て、遂にはミキシマックスまで出来るようになり劣等感を感じていた霧野にジャンヌが声を掛けたのは。はじめは、名前を聞かれて事情を話して、協力してもらうつもりだけだったのに、ジャンヌが霧野に生い立ちを話すにつれて、霧野は彼女と自分に似たようなものを感じた。
緑色の木々が揺れる丘の上で広がる町を見下ろして霧野はジャンヌに言われた言葉の意味を考えた。神の声を聞き、たった一人国を救うために立ち上がり孤独と不安に襲われる日々を送っている彼女の方が自分よりも、何倍も何十倍も強い。彼女の方を見ると弱々しい瞳の中に強く揺れる信念を感じ、その横顔に目を奪われた。
────どうして彼女はこんなにも、
強いのだろうか。こんなにも細くて、こんなにも小さくてこんなにも優しいのに。どうして彼女は戦わなくてはならないのだろう。

「俺は…強くないよ。君の方が強いさ」

「わっ、私は…」

ジャンヌは目を伏せた。さっきとは変わり表情が暗くて霧野は俯いたジャンヌを心配そうに覗き込んだ。彼女のさらさらと流れる金の糸を不意に触れたいという衝動から、指でそれに触れる。想像以上に柔らかいそれは指の間をするすると零れ落ちていく。驚いて振り向く彼女があまりにも弱々しかったから、あまりにも美しかったから、思わずその華奢な身体を抱き寄せた。

「ラ、ランマルっ!?」

わかっていた。彼女がこの国に必要なことも彼女が自分と一緒に行けないことも、───彼女と自分が結ばれないことも。
思えば思うほど、辛くなりジャンヌを抱き締めるその力も強くなる。どうしたのと彼女が尋ねるのも霧野の耳にはすり抜けていく。どうして、彼女はこの時代に生まれたのか、何故自分は彼女を助けてやれないのか。それだけがただ霧野の胸を締め付けて苦しめる。

「ジャンヌは、怖くないのか」

「…私は、神に従うだけです」

「例え神が君を見離したとしても…?」

「…はい」

ジャンヌがそっと霧野の背中に手を回した。ぽんと彼女が霧野の頭を撫でた。ふわりと風が柔らかく二人を包んで、さっと吹き抜けた。それがひどく切なくて霧野の心を締め付けた。

「君は…強いよ」

霧野の目的は、ジャンヌとのミキシマックスでも何でもなかった。試合を重ねて、いずれは自分も化身を出してアームドも出来るようになりミキシマックスだって。神童に追い付きたい。その一心だったのに、中世フランスにだって連れて行ってもらえなかった。狩屋が変わってくれたのだって、彼はきっと自分がジャンヌ・ダルクと会ってなにかを見いだせるようにと考えてくれていたに違いない。
ジャンヌ・ダルクとのミキシマックスは黄名子がするということであまり関係はなかった、はずなのに。ジャンヌを見たときに彼女は自分の知っているジャンヌ・ダルクではなくて驚いた。けれど、無邪気に、屈託なく笑うその姿から目が離せなくなった。それからだ。霧野が彼女を気に掛けるようになったのは。自分に似ていて非なる彼女の力になりたかった。その一心で霧野は励まし続けた。
そして、彼女は、英雄になった。

────────

彼女が旗を振る姿は英雄ジャンヌ・ダルクそのもので霧野は目の前の彼女を見つめて微笑んだ。

「私は強くないです。ランマルの方がよっぽど強いですよ」

「え…?」

いつかの話の続き、とジャンヌは少し恥ずかしそうに切り出した。霧野は思い当たる節が沢山あったのだが、ジャンヌの美しい金の髪に目を奪われてそれさえも忘れていた。

「空に光が見えて、そしてあなた達が現れて、私を見てくれた。神の使いや異端者でなく、一人の人間として」

「ジャンヌ…」

「私が強くなれたのはあなたのおかげです」

ジャンヌは霧野の手をとり笑顔を見せた。それは霧野が初めてジャンヌと出会ったときには想像も出来ない晴れがましいもので霧野までつられて笑顔になった。ジャンヌの手は暖かくて、優しいその体温に彼女がまた霧野の中で大きな存在になっていく。

「俺も、君のおかげで強くなれたんだ」

「最後に、もう一度…抱き締めてくれませんか?」

「…ああ」

ジャンヌが霧野の腕の中に収まる。口には出せない、出してしまえばより苦しくなってしまう感情を伝えようと、彼女の不安も悲しみも苦しみも全て拭ってあげようと霧野はジャンヌを強く抱き締める。自分の腕の中のその小さな身体には自分の何倍もの負担が掛かっていて、どれだけ大変かは想像もつかないけれど少しでも自分が支えになれたら、側にいてはやれないけど彼女の記憶の片隅に自分が居られたら、どれだけ幸せだろうか。

「私、あなたに出逢えて良かったです。正直に言えばこのまま離れたくない…」

「俺だって、…このまま君と…!」

「でも、それは出来ません…ランマル」

身体が離れてジャンヌの涙に濡れた頬が露わになる。それを見て霧野はなにも言えなくなった。自分が好きなジャンヌは英雄ジャンヌ・ダルク。彼女の使命の真っ当を一番に応援してやらないといけないのに。その姿はなんて愛おしいのだろう、なんて切ないのだろう。霧野はその気持ちを抱き締めて彼女の手をもう一度、強く握った。

「───もし、君が辛くなったら俺を思い出して欲しい、俺が、君を愛したということを思い出して欲しい」

「はい…!私はいつでも、ランマルのそばにいますよ」

霧野には、ジャンヌ・ダルクの力がある。ほんの小さなものでも霧野によって莫大な力に変わるのだ。ジャンヌにとって、自分が心の寄りどころであれば、安心できるところであれば、神様はきっと彼女を突き放すようなことはしないはずだ。

ジャンヌにとって、自分がそんな人でありますように。また、来世で会えますように、また、来世で愛し合えますように。





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2014.01.03

蘭ジャン大好きです!


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