▽ 飛べない天使
てんしは飛べるものなんだって。
リュゲル兄が言っていたんだけれど、てんしってなに?俺はまず、そこに疑問符を打つ。でも、やっぱりリュゲル兄はすごいや。地球人の言うてんしというものを知っているだなんて。さすが、リュゲル兄だ!リュゲル兄はいつもの俺の台詞にお決まりの返事、言うなガンダレス、それ以上なにも言うなと言った。
てんしって、なんなのだろう。練習が終わりスタジアムのベンチで一人佇んでてんし、てんし、と狂った様に呟く俺に歩いてきたのはロダンだった。俺の隣に腰を下ろしたロダンは奇妙なものを見るような目で、気持ち悪いと悪態を付いた。どうしたんだよー、とロダンはころりと表情を変え子どもが悪戯を仕掛けたときのようににやにやと興味有り気に俺に尋ねた。
「地球には、てんしがいるらしい」
「てんしぃ?」
またも表情豊かに引き吊った顔をしたロダンは俺から見てなにやら隠し事をしているようにとれたからベンチから立ち上がりロダンに顔を近づけると、なんだよ、と少し焦った表情をして小さな手を顔の前に持ってきて顔を隠した。それが妙に可愛らしくてほっと気が緩むのも束の間、ロダンが天使なんてこの世にはいねえよと呟いたのを俺は聞き逃さなかった。
「知っているのか!!?」
「ぅわっ!やめろ馬鹿!!」
彼の小さな双肩を掴み、リュゲル兄が言っていた言葉の真相を知りたくてその肩を大きく揺すぶれば、ロダンは先ほどよりも焦った表情をして眉間にしわを寄せやめろやめろと俺を止めた。
行為を止めた俺にロダンは教えてやんないと意地悪に言ったものだから、最初こそお願いと両手を合わせていたもののだんだんと俺も苛立ちを覚えてロダンをじいと見つめる。
「な、なんだよ」
「本当に、教えてくんないの?」
「ぅっ………」
じり、と後退りをしてベンチから落ち掛けたロダンの腕を掴んで体制を立て直してやる。ロダンはばつの悪そうな顔をして、わかったよと唇を尖らせた。
ロダンが言うにはてんしは人を苦しめてこの世に災難を降り注ぐ悪者といわれ信じられているらしい。信じられるってことは、実際にはいないのかもしれない。リュゲル兄は嘘を言わない。勿論俺もリュゲル兄を疑うことはしないし、リュゲル兄は天才だと思う。でも、てんしは、てんしは実在するのだろうか?物知りのリュゲル兄ならきっと教えてくれる、そう思い俺は部屋に走って戻った。
「なんだよあいつ。教えてやったのになあ」
その場にいたロダンのことはすっかり忘れて。
部屋に戻ったらシャワーから上がったリュゲル兄がテーブルのすぐ側でホットコーヒーを飲みながらなにやら本を読んでいた。きっと夢中で本を読んでいるから俺には気が付いていない様子だ。さすがリュゲル兄!俺なんて本を最後まで読み切れたことがないのに!
「リュゲル兄」
「ああ、ガンダレスか」
どうした?と本にしおりを挟んでテーブルに丁寧に置いてリュゲル兄が俺を真っ直ぐに、優しい瞳で見つめてきて、俺は口元をもごもごと詰まらせる。大好きなリュゲル兄から教えてもらったことを少し探るように聞くのなんて初めてだから、変な緊張に身体を強ばらせたのである。リュゲル兄は変わらず優しい笑顔でほら、と自らの隣へぽんぽんと手招きながら声を掛けてくれた。それに緊張がほどけるようにつられて笑顔になる。吸い込まれるように自然とリュゲル兄の隣に腰を下ろし、双眼を見つめ口を開いた。
「てんしって、いないの?」
「え?ああ、朝のことか。──そのことで口ごもっていたのか?」
こくりと小さく頷けば、馬鹿だなあと笑い出した。ぽんぽんと俺の頭を撫でるその手があんまり暖かいからリュゲル兄を見上げたら優しい瞳でてんしはな、と口を開いた。
「お前のことだよガンダレス」
「お、おおれっ?」
今まで考えていたことの答えが自分であることを知って頭の中のもやもやがすとんとまとまって俺はいつになくすっきりとした感覚に陥った。そっかそっか!てんしは俺なんだ!!さすがリュゲル兄だな!
────て、え?
「俺がてんし?」
きっと馬鹿みたいな顔をしていただろう俺はリュゲル兄を見つめた。だってだって、てんしは人を苦しめてこの世に災難を降り注ぐ悪者といわれ信じられているものなんだろ?でも俺は、存在してるしこの世に災難を降り注いでなんか、…いないし、飛べない。リュゲル兄、まさかほんとに俺のことそんなやつだと思って…?
「リュ、リュゲル兄?俺がてんしっていうのはおかしくない?」
「いや、全くおかしくはないぞ」
「おかしいよ!俺は存在してるし、この世に災難なんて降り注がない、空を飛ぶこともできないもん!」
「ガ、ガンダレス?おかしいのはお前だろっ?」
「え…なにが…?」
次から次へと言葉を返せば、リュゲル兄はぽかんとした顔を俺に向けた。待ってよ待ってよリュゲル兄。俺が…そんな悪者だって、言いたいのかい?いやだよリュゲル兄、俺は、いつだってリュゲル兄が大好きで大好きでたまらないのに…。熱いなにかが目の奥に疼く。
「てんしって、可愛い人とか優しい人をそう言うんだぞ?
誰に何を吹き込まれたのか知らないが俺はお前を、そういう可愛い人、優しい人って意味でてんしだと例えたんだけどな」
「リュゲル兄…」
だから泣くなと、勘違いしてくれるなと頭を強く撫でるリュゲル兄は心なしか頬が赤いように見えて俺は嬉しくて嬉しくてたまらなく、リュゲル兄に抱き付いた。リュゲル兄は慌てて俺を受け止めてくれたけど、勢い余って後ろに倒れ込むリュゲル兄にしがみついて俺も後ろに倒れる。嬉しい、俺嬉しいよリュゲル兄!
「俺にとってお前がどんな存在かわかったろ?」
「うん!でもでも、俺、飛べないよ」
「そうだなあ、じゃあガンダレスは飛べないてんしだ!」
「おお!さすがリュゲル兄!!すっごいいい名前だよ!」
言うなガンダレス、それ以上なにも言うなとリュゲル兄はいつも通り鼻高々といった表情を浮かべくしゃくしゃになった俺の髪を優しく梳いてから前髪を分け、露わになった額にキスをする。
なあんだ、リュゲル兄は俺を嫌いになったわけでも悪者だって思ってもいなくて、むしろ可愛いって、飛べないけどてんしだって思ってくれてるんだ。なんだか安心したら眠たくなってきた。
よし、寝ようかな
リュゲル兄の暖かい腕の中、俺は夢の世界へと吸い込まれた。
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12.29
初リュゲガンなので似ていないところの方が多いと思いますがリュゲル兄馬鹿なガンダレスとちゃんとガンダレスを大好きなリュゲル兄というバカバラン兄弟(公式もそんな感じですが(笑)を書けて楽しかったです!
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