小説 | ナノ


▽ ずっと、好きだった。君しか見えていなかった。だから、明日、言わせて下さい。




真剣にサッカーをする姿も、きちんと両立出来ている勉強に努める姿も黙っている姿も楽しそうに会話をする姿もそれはもう、霧野の全てが倉間にとってはかけがえのないものだった。特に例えば、霧野の目の前で倉間が誰かと楽しそうに会話をしているとして、霧野がそれを拒むかと言われればそうでなく、確かに顔にでるほどは表情を歪めるものの直接口には出さずに、自分の気持ちを殺している、それが正しい表現だろう。倉間はその、霧野の感情に揺るがされ歪んだ顔が大好きだった。何故なら、霧野の表情を歪めて、彼の脳内を支配しているのは自分しかいなくなるからである。大きな目を鋭く尖らせて、突き刺さるようなあの視線を浴びているのも自分だと、そう考えるだけで快感を得ることさえ出来た。霧野の視界に映る自分はどれほど醜く素敵に映っているだろうか。倉間はくす、と鼻を鳴らして嘲笑した。自分がこれほど、ひとりの霧野蘭丸という人間に、執着してしまっていることがたまらなく可笑しく思えたのだ。
いつだってそうだった。
倉間は、そばにいる人間なら誰でもいいと、優しい人間なら心を許すことが出来たはずなのに、いつの間にか、霧野しか見えなくなっていた。霧野は、倉間のそばを離れずいてくれるわけでもなく、特別倉間だけに優しいわけでもないのに、倉間は霧野のことが大好きになっていた。
それは、ごくありふれたものだった。魚が海にいるように、人間が物を食べるように、ただ自然に霧野から目線が離せなくなったのは倉間。ただそれだけだった。

「倉間」

低く紡がれた名前は紛れもなく彼のもので、一年前、初めて足を踏み入れた教室全体に響いて倉間の耳に届いた。その声のする方向へ振り向くと目を細め、幸せそうに、また切なそうに儚げな笑みを浮かべる霧野がいた。三年生は卒業式を明日に控え、皆早く下校したにも関わらず、倉間がこうして教室で後ろの掲示板を見つめていたのはほんの小さな期待と莫大な喪失感からであることを、霧野は知らないし、倉間が言うつもりがなければ知る術すらない。倉間の胸に疼くのは、明日の卒業式の事だけである。今までの感謝、思い出、謝罪、そして、愛。全てを霧野に言ってしまおうとすればするほど、胸に込み上がるのは息苦しさと空しさだけで、霧野の笑顔が頭に焼き付いては脳裏を過ぎり、倉間の胸を強く締め付けた。
今霧野が言い放った自分の名前を紡いだ薄い唇に触れた風が頬を撫でるだけで、倉間はどきりと心臓の音が高鳴るのを感じる。無意識にも頬は赤くなるばかりだから、霧野は不思議そうに倉間の顔を見つめた。

「明日は、卒業式だな」

「……ん」

倉間は小さく頷いて、優しげに笑った。否、優しげに笑おうと笑顔を作ったのだ。霧野に、弱い自分を見られたくない、余裕がないのを悟られたくないとばかりにいつも嘘で自分を丸め込んでしまうのは今や倉間の性格にまで成り上がっていた。霧野が好き。倉間はその一心で、胸に込み上がる切なさを堪えて霧野を見つめるにも関わらず、霧野は後ろに貼り残された掲示板の高校案内のプリントを手で皺を伸ばしじっと見つめていた。

「考えてたんだ。……卒業したら、みんな別々で、多分こうして同じ教室に集まることは二度とないんだろうなって。そうしたら、とても苦しくなって、それと同時に、倉間に会いたくなった」

倉間は目を見開いた。
それは、自分の瞳から頬へ、そして顎へと筋を作った涙に対してか、霧野の横顔があまりにも穏やかで、今にも泣き出しそうだからか、自分が驚いた理由さえも曖昧で考えることもままならず、ただ瞳からは涙がこぼれて、目の前にいる霧野がぼやけるだけだった。苦しいのは、霧野だけではない、会いたくなったのは、霧野だけではない、そう伝えようと、倉間は必死に霧野の少し着崩した制服の裾に手を伸ばす。掴むと同時に霧野が倉間を見た。

「………不細工な顔」

「人のこと、言えない顔になっているぞ、倉間」

霧野は泣いていた。無論、倉間の涙も止まることを知らない。この涙は霧野と倉間の三年間を語っている気がした。泣いて、笑って、苦しんで悩んで楽しんで。その全てが今、霧野と倉間の涙腺を緩ませていた。会話などいらなかった。二人が想い合うのには、言葉も、空気も何もいらない。ただ、お互いがいられたら、それだけで倉間は何倍にも強くなれた。自分だけが好きなんだ、と苦しんでいたのはもうなにも消えていた。何故なら、霧野も倉間を好きだったから。ただ、好きだという言葉さえ存在しない、愛しているとの安い言葉なんてもってのほかだった。手を握り合い、抱き合う。それだけで通じ合える、変な形の自分たちだけの愛を確かめ合っていた。
涙が枯れる頃には、二人して真っ赤な目をして帰路についていた。卒業式という晴れ舞台を明日に控えながらも泣きはらした瞳は言うことを聞いてくれないようだ。

「倉間」

「……霧野」

「卒業しても、多分…俺はずっとお前を好きだと思う。これは、重いやつだとか思わないで聞いて欲しい。…愛してるとか似合わないけど、この言葉以外、典人に言うことが出来ない、それくらい、大好き」

「…そういうのは、…明日言って欲しかった」

「わがまま言うな。なかなか恥ずかしいんだから」

「それを恥ずかしがらずに言えたら、俺からも言葉に出してやる」

霧野は倉間の手を握った。倉間も霧野の手を握った。
長いようであっという間だったこの三年は、自分の中で抱えきれないほどの素敵な思い出になるであろう。倉間は隣で、腫れぼったい瞳を細くして小さくなった制服を身にまとう霧野蘭丸が大好きなことを改めて実感した。無論、霧野も同様だ。着崩して裾の破れたズボンにつり目の瞳を自分に向ける倉間典人が大好きである。

「それなら明日には、恥ずかしがらずに言えると思う」

「それは、…俺の心の準備が追いつかねえから無理」






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2014.04.05

今更な卒業ネタです←
霧野×倉間、マイナーだけど好きです〜


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