▽ バレンタイン企画3
教室からはきゃっきゃっと黄色い声が聞こえて、廊下を歩く貴志部はその声で今日が何の日かを思い出す。
貴(バレンタインデーか)
チョコレートはあまり好きではない方の貴志部の机の中には溢れかえる程のチョコレートが詰め込まれていて、見た瞬間貴志部は肩を下ろした。
総「相変わらずの量だな」
貴「あぁ…、でもせめて名前くらい書いてくれないとお返しするにも出来ないからな」
総「直接渡す勇気がねえ可愛い奴らなんだろうよ」
貴「そういうものか?」
隣に座る総介のかばんの中にも少なくはない数のチョコレートが入っていた。可愛くラッピングされたそれらは総介の為にと力を込めた女の子たちの気持ちである。
総「そうだろ。…わかんねえけど」
総介の曖昧な言葉の直後、教室に入ってきた担任により貴志部たちの会話は遮られた。
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気だるい授業を終え、待ちに待った部活動の時間に気持ちを高ぶらせる貴志部を横目に隣を歩く総介は小さく息を吐く。白い霜が吐き出されては風に流され消えていく。その様子がなんだかおかしくて総介は何度も繰り返していた。貴志部が総介の行為に気付く頃、前からやってきた監督の亜風炉照美によってその思考は妨げられる。
亜「貴志部、今日の練習メニューは君に任せるよ。大会前だから満遍なく行き通るように君が指示しておいてくれ」
貴「あ、わかりました。監督は来ないんですか?」
亜「研修が入っていてね、行けたら行くつもりだよ」
貴「…わかり、ました」
明らかに悄げる貴志部を見て、総介は鼻で笑った。照美が去っていくのを見送って、総介は貴志部にきつく言い放つ。
総「お前さあ、ほんっと馬鹿だよな」
貴「な、なにがだよ!」
総「亜風炉監督は大人だぜ?俺らみたいな餓鬼、相手する訳ねえよ。考えたらわかんだろ。お前もあんだけ女に好かれてんだから、監督なんて諦めたらどうだ?」
貴「そん、な事は…」
確かに自分は照美に恋愛感情を寄せている。総介に現実を突き付けられたのが辛かったのか貴志部は黙って下を向いた。総介はちらりと貴志部を見た後、先行くぞと部室に足を歩ませた。
貴「確かに、監督は大人だけど…」
練習が終わり、部室の最終チェックをしていた貴志部は今日、総介に言われたことをふと思い出した。照美は大人だから子どもは相手にしないと。
亜「ふふっ、僕が子どもに見えるのかい」
貴「かっ、監督!!」
突然後ろから降りかかる聞き慣れた優しい声に驚いて、貴志部は座っていた椅子から落ちそうになる。それを、すかさず支えたのは照美だ。
貴「す、みません」
照「いいよ、気にするな。ところで、どうしたんだい?僕が大人だなんて」
貴「いえっ、あの…」
いざ本人を目の前にしたらなにも言えなくなり、貴志部は俯いて制服の裾をぎゅっと握った。それを察したように照美は貴志部の手に自身の手を重ねた。
照「僕が大人だからって、貴志部を相手にしない、とかかな?」
貴「…っ!」
照「図星か。ふふっ、大丈夫だよ。僕は貴志部しか相手にしないから」
そう言って照美は真っ赤な顔して俯く貴志部の顔を覗き込んで、唇に自身のものも重ねた。ちゅ、と場に不釣り合いな幼い音にどきりと心臓を跳ねる貴志部に照美はにこりと笑って小さな箱を手渡した。
照「立場上、僕から渡すのは駄目なんだけど…仕方ないね。みんなには内緒だよ」
貴「あっ、はい!ありがとうございます!!」
照美は爽やかに手を振って部室を出ようとした。その時、貴志部は照美の腕を掴み、自分より少し上にある顔に近付くようにと背伸びし、頬にキスをした。照美は一瞬目を見開いたあと、細めて笑った。
貴「ホワイトデーは期待していて下さい」
照「そうだね…貴志部を一日好きに出来る券とかで全然いいけど」
貴「それは俺が駄目です!」
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2014.02.14
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