小説 | ナノ


▽ 泣いてる顔が見たかった訳じゃないけどなんだか得した気分になりました





自分の弱さを全て初めから知っていればこんなにも苦しいこともこんなにも切ないこともないだろうに。
雨宮はそう思って隣で手で顔を覆う佐田を横目で見つめ、幾度となくため息をついていた。どうしてこんなにも自分は不器用なのだろうか、雨宮は佐田の頭を撫でてやれない、抱きしめることの出来ないような自信のない手を膝の上でぎゅっと握った。へたりとこの場所に佐田が座り込んだのはもう数十分前の話である。それから雨宮はずっと隣でため息をつき、宙を舞う手を睨みつけての繰り返しであった。いつになったら泣き止んでくれるだろうか。雨宮は隣で泣いている佐田を何とも言えない表情で見つめていて、内心焦っていた。

「、…僕は、その」

「…………」

返事がないし、ぴくりとも反応しない。ここにもしも誰かが来たら雨宮が佐田を泣かせたというシチュエーションが完璧に出来上がるだろう。確かに佐田の純真な涙の原因は雨宮だということで間違いは無いのだろうが、焦る雨宮は佐田への声の掛け方さえも途切れ途切れになってしまうのである。いつも泣かない佐田は一度我慢の線が切れてしまえば泣き止むまでに多少の時間が掛かってしまうことを知っている雨宮はなんだかんだと佐田を支えてきたのだが、自分が原因となるとそうはいかない。佐田が自分のせいで自分の前で泣いているということは、自分はそれほど佐田の中で信頼されていると同時に心を許せる人間になっているのだがそれは自分の一言が余程佐田にのし掛かる事があるということだ。そうして先ほどの自分の会話を思い出す。

─────────────

『僕、告白されたんだ』

『そうなのか?誰に?』

『えっとね』

『やっぱ聞かねえ』

─────────────

自分の最後の言葉に、素っ気ない返事を返し、走り去った佐田を追いかけてきたのが今の状況。何かおかしい点があるのだろうか。ただ、告白されたという喜ばしいことを大事に思っている人に伝えた。それだけだろう、と胸を不安にさせぐるぐると会話を頭の中でリピートさせ、その度にその時の映像も頭に映し出す。佐田の、なにか言いたげな皮肉そうな顔がすぐに思い浮かんでは、途中で何かを訴える悲しい瞳に変わるのだ。雨宮にはそれがわからなかった。それ以外がわかるわけではないのだが、主軸のそれがわからない。佐田が泣いているのは悲しいからか、悔しいからか、もしくは嬉しいからか。後者はないだろうと一人で考えて涙の理由を探るよりも早く、佐田は顔を上げた。よく焼けた肌は少し赤くて、目も腫れている。その瞳は虚ろで雨宮を映そうとはしない。

「あ、佐田…くん?」

「……ん?」

それはあまりにも優しい声だった。先ほどまで雨宮を睨んで泣いていた佐田のものでは無いようで、顔をまじまじと横から覗き込む雨宮に嫌そうに眉間にしわを寄せて、奥まで見透かす真っ青な瞳で見つめていた。雨宮が見た佐田の瞳はこれだった。何もかもを見透かし、有無を言わせず、ただ圧倒し相手を黙らせる、その瞳に雨宮は向き合った。なんて、綺麗な澄んだ瞳だろうか。まるで、汚れを知らないような真っ青な瞳の色が、真っ白で何も知らずただ泣きわめく赤子のようであるのだ。
今は自分しか映していない瞳を雨宮は逸らさなかった。否、逸らせなかった。瞳は雨宮を掴んで、捉えて、離さないのである。佐田の瞳に吸い込まれて出てこれない雨宮は呆然と見つめ、顔を近づけると佐田は少しだけ顔を赤らめた。

「ごめん、嫌なことしたなら謝る。だから…言ってくれない?なにがいやだったか」

出来るだけ、相手の逆鱗に触れないようにと下手に出て話す雨宮を佐田は目を少し細めて睨むように見つめた。そして、ゆっくり口を開いた。
「太陽が、」

「え?」

佐田の口からは確かに自分の名前が出てきたことだけは確認した雨宮はあたふたとして、よりいっそう顔を近づける。佐田は目を大きくして、いつもの佐田に戻ったかのように近い!と雨宮の頬を抓った。その様子がおかしくて、可愛くて、抓られた頬の痛みなんて忘れるくらい笑った。ばつの悪そうな顔をして雨宮を見つめていた佐田も、つられたかのように笑う。雨宮はそれがなぜか嬉しくて、佐田を抱き締める。

「た、いよ「佐田くん…」

涙脆いのが移ったのか、それがたまらなく嬉しかったのか、悲しかったのか、切なかったのか雨宮にはわからないが、頬に涙が伝っていることだけは、理解できた。勿論、佐田は雨宮が泣いていることも知らないし、自分の瞳が、瞼が、頬が赤く染まっていることも気付いていない。心臓が、雨宮の鼓動に合わせて大きく早く動いているということだけは分かっていた。

「太陽が告白されたって、嬉しそうにしてたから」

「へっ?」

腹の底からの間抜けな声に佐田は、堪えきれない面白さを吹き出しそうになるのを我慢して、雨宮の腕の中で小さく笑った。そんな雰囲気じゃないことをとっくに理解しているはずの雨宮はムードなんてお構いなしに佐田の顔を見ようと引き離そうとするのに対し、佐田も離れるものかと意固地になってぎゅっと雨宮の服を握る。佐田の頑固さに押し負けた雨宮はその華奢で自分よりも小さな身体を包むように抱き締めた。大切で、無二のその存在の愛おしさを確かめるように、強く優しく。

「俺、飽きられたのかなって、フられるのかなって、怖かっただけ」

佐田が消え入りそうなか細い声で言った言葉は、雨宮の佐田への愛しさを更に掻き立てるものとなり、佐田の赤い顔を見たいが為に腕の中の佐田を押し倒す体制になった。

「…たいよっ、う?」

「僕が佐田くんに飽きるとかありえないから!あと、可愛すぎ」

そんなんじゃ、僕は飽きれられそうにない、と皮肉そうに言って、額にキスをした雨宮の表情は見て取れた。嬉しくて、たまらない顔だ。佐田は見覚えのあるその表情にとくりと胸を高鳴らせる。
──この表情は、俺に告白したときの顔…。
大きく円らな二重の瞳は更に大きく開いているのに対して、眉毛は八の字を描いて情けなく垂れていた。なんて可愛いひと、そう思って、雨宮に頷いたあの日を思い出す。

「いつの間に、そんな格好良くなったんだよ?」

「いつの間にだろ。佐田くんも、いつの間にそんなに可愛くなったの?」

雨宮は組み敷かれる佐田へ顔を近付けると、頬にキスをした。佐田はぴくりと身体を震わせてからにこりと微笑んで、雨宮の蒼い瞳に、同じ様な空色の瞳が映されている。真っ赤で泣き疲れた自分の顔に嫌気も差しながら、呟いた。

「いつの間にだろうなあ。お互いに」

「うん。…今日はこれで我慢しとく」

「ん、えらい」

立ち上がって、部屋を出ようとした雨宮の服の裾を佐田はぎゅっと掴んだ。なにかを言いたげな子犬のような顔に雨宮は心を捕まれた。自分より少し背の低い佐田の顔を覗くように言った。

「ん?」

「誰に…告白されたんだ?」

弱々しいその声に雨宮は再び抱きつきたい衝動を抑えて、返事をした。

「………クラスの女の子」

「だから誰」

「…言ったら、クラスに見にくるだろ」

「当たり前だろ。…俺の太陽だって、見せつけてやる」

信念に燃える佐田を止めることが出来るほど雨宮は器用ではなかった。ただ、佐田の涙の理由を探る事くらいは出来るようになり、そして、笑顔で佐田を抱き締めた。小さな身体が捩れるほど強く抱き締めた。佐田の自分じゃなくて、自分の佐田だと、そう言いつけるように、佐田を強く強く。

「僕の佐田くん。離さないからね」

雨宮は佐田のふわふわの髪の毛に顔を埋め、幸せそうに呟いた。





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2014.03.29

最初はシリアスなのに、どんどん甘くなってる気が(笑)
久しぶりに書いたので少しグダグダ…(泣)

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