小説 | ナノ


▽ 眼球が乾いてしまおうと、溶けてしまおうと僕はいつまでもずっと君を見つめていたいから今はもう少しこの距離でいてもいいかな


若干未来捏造


この深い森林には古い歴史があるらしい。
干ばつから村を救うために生贄にされた少女だとか、その生贄を決める手段がサッカーであったことだとか、生贄になった少女の兄が不正をして村を追放されたことだとか。それらが全て事実か、偽りかなんて白竜には分かったものでは無いけれど、それを話してくれるシュウの瞳が余りにも酷く綺麗で純真で有ったから、勿論白竜はそれを疑うことなんて出来るはずもなく木々の木漏れ日に光る漆黒の髪と瞳を交互に見つめた。
白竜にとって、それは癒やしだった。ゴッドエデンでの特訓に明け暮れ、満身創痍で駆け抜けた日々に無くてはならないシュウとの時間。例えそれが嘘でも白竜はシュウを、シュウの瞳を信じていたのだ。無論、シュウも白竜に嘘など教えるはずもなく、自分の話に興味津々の白竜がたまらなく愛しくて自らの生い立ちを全て明かしたのは白竜が最初で最後の人間となるだろう。

「シュウ」

「なんだい?」

ゴッドエデンの騒動から数年、ゴッドエデンには人が居なくなった。シュウが森で静かに暮らしていることを白竜は知らなかった。無論、シュウが白竜に告げなかったことが一番の理由である。それを白竜はどこからか聞きつけてゴッドエデンの森を久しく訪れた。変わらない空気、変わらない風景にほっと胸を撫で下ろして白竜は足を踏み入れた。それとほぼ同時に懐かしい声が後ろから聞こえ、振り返った今に至る。
シュウの変わらない元気な姿に安心と不安を覚えた白竜はシュウの頭に触れる。シュウは少し背の伸びた白竜を見上げて、にこりと微笑んだ。白竜はそれにつられて少し表情を緩めた。
───触れられる、
白竜は数年前、シュウの話は全て信じていたのだが、シュウが既に故人であるという話だけは半信半疑であったのだ。嘘だと思いたい反面、シュウが人間でないような部分はちらちらと見えていて白竜は思い耽ったこともあった。只、今触れてみて分かったこと。
シュウはきっと、自分に会いたかったのではないか。思い込みには過ぎないが、シュウの漆黒の瞳が白竜の深紅の瞳をとらえて離さないのがどうしても辛かったのかもしれない。

「俺は、シュウに触れられる」

「どうしたの?」

シュウの表情がどんどんと曇っていく。自分の頭に乗った白竜の手を強く握って、僕は此処にいるよと言いたげに力を強めていく。ぎゅう、と握られた白竜の手は白くて綺麗でまるでシルクのようだとシュウはころっと表情を変え絶賛した。昔からそうだった。白竜がシュウの機嫌を損ねても、シュウが白竜のことを誉めるときには表情も、白竜を見つめる瞳も変わり、全てきらきらと宝石のように輝くのだ。白竜はその表情が好きだった。シュウが人のように輝くから、シュウが自分を見てくれているから、賛辞はあまり好きでない白竜もシュウから言われるのなら喜んで受け入れていた。

「白竜は綺麗だね」

「礼を言うべき、なのか?」

「いや、お礼なんていらないよ、本心だからね。──さ、久しぶりにこの森でも散歩してみようか」

ああ、と曖昧な返事をする白竜にシュウはちらりと目線をやってから歩き出す。あの頃と違うのは、白竜の歩幅とその影。通り過ぎた後の地面に浮かぶ白竜の足跡を見ると、自分の二歩分も三歩分もあるのが目に見えてわかる。そして、伸びる影法師。数年前、隣に歩いていた彼が昨日のことのように鮮明に思い出せる。淡々と剣城のこと、自身が率いるアンリミテッドシャイニングのことを語る白竜を横目に見つめていたあの日を。全く変わったその身長、その顔つきに何故か胸がきゅっと締め付けられるのだ。
──僕は、なんだ?
今はもう、白竜の傍で彼を見つめることも、守ることも出来ないのに。シュウは白竜の凛々しい横顔を見つめた。変わらない空気、変わらない風景、変わらないシュウ、変わった白竜。その事実だけがシュウの胸を強く強く締め付ける。そのような事をぼんやりと考えながら、シュウは白竜をじっと見つめていた。白竜は不思議に思いちらりと確認するが、シュウのその、悲壮と辛苦に濡れる視線に圧倒され見つめ返せずにいた。シュウは、何故自分を見ているのだろう、聞けずにゴッドエデンの海岸沿いまで来てしまった。

「綺麗だな。───海」

「そう、だね」

──また、何年も君とこの海を見れないなんて
シュウはこの愛しい時間が過ぎていくのが早くて、白竜に伝えきれない思いが多すぎて、余りにも切なくて俯いた。白竜は俯くシュウの頭にぽんと手を乗せる。シュウが白竜の顔を見たときにはその表情は酷く優しくてシュウの心のもやもやを全て取り除くような、そんな感覚に襲われる。
その優しい潮風に揺られる純白の髪だとか、粉雪のような触れれば溶けてしまいそうな肌だとか、真っ赤に揺れる柘榴石のような瞳だとか、今彼を見ているだけでも好きなところはたくさん言えるのに、これ以上白竜を好きになってしまえば自分が自分で居られなくなるような、彼なしでは生きていけなくなってしまいそうだったから。シュウは、今にも泣き出しそうな瞳で白竜の凛々しい横顔を見つめ、ぽとりと言葉を落とす。

「手、大きくなったね」

「そ、そうか?」

白竜は沈黙から突然の質問に少し焦ったのだろうシュウの頭から手を離した。触れていられるその手を、その時間を大切にしたかったのに一度離してしまえば二度目に触れるのは難しいものである。その手からは白竜の独占欲が伝わりシュウは少し顔を綻ばせて手が離れても未だ目線を離さず白竜を見つめていた。今だ、白竜はいつ言おうかと考えていた質問をシュウにぶつけた。

「さっきからなにを見ている?俺の顔に何かついているか?」

「───ううん、違うよ。変わった白竜を、もう少し見せてはくれないかい?」

「変わった?俺がか?」

「うん、僕にはわかる。だから、もっとよく見せてよ、白竜の顔を」

白竜の双眼がシュウをとらえて、シュウは白竜の大きな紅い瞳に映った自分を見つめた。あまりにも幸せそうに映る自分には呆れたため息を吐き出さざるを得なかった。もしも、白竜と会っても、絶対に表情を崩さずいつものままの自分でいたかったはずのシュウは目と鼻の先ほどにある白竜の頬を撫で、紅く染まってきた頃に離してやった。その表情が可愛くて愛おしくて、シュウは二度目のため息を零す。

「本当、君にはかなわないよ」

「──シュウ?何か言ったか?」

「いや、ずっと君を見ていたいと思っただけだよ」

例えこの目が溶けても、乾いても関係ない。
白竜の髪は未だに揺れていて勿論、白竜のシュウを見つめる瞳も揺れていた。シュウは白竜のその長い睫毛に触れる風にさえ嫉妬をしてしまう始末。シュウは既に白竜無しでは生きていけないほど弱く、それでいてひとの様に成ってきていたのだ。有り得ない、心では何度も何度もそう繰り返したのに、白竜を目の前にしただけで心境の変化は思ったよりも早く激しくて、シュウは自身に嫌気がさした。白竜には、自分じゃない、他のいい人がたくさんいる、そう思っても手放したくないのは事実で、手は既に、白竜のジャケットの袖を摘んでいた。

「それじゃあ、帰るか」

「そうだね。また遊びにおいでよ。僕はいつでも、待ってるからさ」

「ああ。シュウが来てくれと言うのなら明日にでも来る」

「ふふっ、嬉しいなあ」

あの生真面目だった白竜も冗談混じりの会話が出来るようになったんだ、とシュウは一人心の中で感心し、フェリーに乗る白竜を見送った。最後まで、シュウー!と叫んでいた白竜にきっと見えていないだろうけど、大きく手を振ってまたね、と呟いた。次に会えるのは、きっとまた何年も先の話。シュウは静かになった森に帰って行って、肩に止まる小鳥に囁いた。

「僕の大好きで大切な人が来ていたんだ。楽しかったよ。君も見てくれたかな?いや、知っているか」

ひとり残されて、白竜の横顔を思い出す。その横顔に思いを馳せてシュウは寝床に戻り、眠る支度をした。白竜は今頃着いたのだろうか。気になるがまた会えるのは何年も先。それまで自分が白竜不足にならないかが一番の心配であった。久しぶりに会った白竜の存在が自分の中でどれほど大きかったことが、改めて理解できて恥ずかしさに布団に顔をうずめて眠りについた。








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12.28

シュウ白は切ないのがいいです。


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