小説 | ナノ


▽ 夢であるように


*暗い








なあ、イシガシ。俺と今まで見てきた景色、覚えてる?俺が今まで見せてきた景色、覚えてる?俺は今までイシガシからもらった景色を全部、言い尽くせる自信がある。イシガシにもらった景色しかわからないくらいに。
でも、突然のお前の発言。

「私、見えません」

イシガシにそう告げられたのが始まりだった。いつもなら十一人みんなで練習しているのにも広いグラウンドを二人でいるのには無駄な空間に思えた。なぜならそこに集中して二人近くに集まっているだけの俺たちはまるで密閉空間にほっぽかれたビー玉のようにただただ一点に固まるだけであったから。今、イシガシから離れたくない。彼のそばを離れれば、遠くへ行った彼は自分では追い付けないほど早くそのグラウンドの隅の影に呑まれてしまいそうだったから。

「どういう、…意味?」

きょとんと目を開く。イシガシの言っていることの意味が分からないし、イシガシを見つめる俺の視線はきっと彼には届いていない。だって、焦点が俺に合っていないのだから、その薄いエメラルドグリーンの瞳がどこを見つめているかなんて俺には到底想像もできない。その生気のない瞳を見て無性に悲しくなってくる。今までの彼は生気に満ち溢れ、復讐という一つの目標に向かいやるべきことがあってきらきらとしていたから。しかし、その復讐が終わってからは一変していた。

「目が、見えないのです」

イシガシはそういうとそっと俺の頬に手を持ってくる。ここで、イシガシが俺の頬に触れて初めて自分が泣いていることに気が付く。イシガシは大きな瞳を歪めて必死に訴える。なんで、フォボスが泣いているのです、そう言った瞳だった。それが無性に胸を締め付けた。苦しくて息も出来ないほど、イシガシの横顔に心を痛めた。

「いや、実際にはほとんどが霞んで見えるだけなのですが」

「じゃあ俺、見える?」

そうして、ゆっくりと時間が流れる。その時は、俺たちを取り巻く全ての環境がいつもの数倍、遅く感じられて、そう思う自分さえも自らでないようで気持ち悪さも溢れてくる。イシガシの瞳を覗き込むと情けなく涙で筋を作り濡れ赤くなった頬に緩んだ口元の自分がいた。

「もっと、近くで見せてくれますか」

そのフォボスの綺麗な顔、と顔を自分の顔に近付けるイシガシに涙が止まらなかった。私の為なんかに泣かないでください、そう悲しそうにつぶやく。復讐の失敗、長年積み重ねた全てが破壊されたからイシガシは、ショックで目が見えなくなっている。他にも、記憶を失っているやつもいるし、耳が聞こえなくなったやつもいる。

「ふふ、可愛い」

俺の顔を優しく優しく撫でて嬉しそうに笑う。そうか。イシガシは覚えててくれたのだな。俺と見た景色を、そこにあるのはいつもと変わらないイシガシの笑顔。変わったのは、イシガシが盲目となったこと。ただ、それだけ。一瞬のショックのことだから、大丈夫。そう自分に言い聞かせるのが精一杯の俺に出来ることだと判断をした。だから、自分より少し背の高いイシガシの背に手を回す。見えずよろけるイシガシをきっちり支えて抱きしめた。

「イシガシが見えなくても、俺が全部教えてやる。だから安心して眠ってくれ。もしかしたら…夢かもしれないから」

イシガシも俺の背に手を回し力強く抱き締めて声を殺して泣いていた。大丈夫、イシガシは俺が守るから。大丈夫、イシガシの景色も俺が見るから。大丈夫、それも全部イシガシに教えるから。だから、安心して眠ってくれ。全てが、嘘かもしれない。だから、だからどうか…。
醒めることを信じて、眠る。
夢を疑って、眠る。




(きっと、目が覚めれば、いつも以上に俺が見えるはず)
───────────────────────
2014.1.28

暗くてすみません…でも切ないのが似合ってる…(*   `*)










prev / next

[ back to top ]


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -