小説 | ナノ


▽ 君から離れようとも腕が言うことを聞いてくれないから、爪の破片に頼んでみます


(痛っ)

爪が伸びてきた。肩を掻いたときに思いっきり引っ掻いてしまった。お気に入りのキーパーグローブに穴が空いては困ってしまうと自室に持ち合わせていたはずの爪きりを探したのだが見当たらない。数十分は探しただろう頃にだんだんと苛立ちを覚え始める井吹の前に現れたのは部屋の前を通りかかった瞬木だった。

「爪きり?それなら俺の部屋にあるぜ」

井吹は人に聞くと言う行為が何故今まで思い浮かばなかったのだろうと別の苛立ちが加わるが瞬木のおかげでそれが中和され井吹は着いてこいと前を歩く瞬木の小さな後ろ姿に少し表情を緩める。振り返った瞬木はなに一人で笑ってんだよ気持ち悪いと言わんばかりの瞳で井吹を睨んでいた。無論、井吹は瞬木から目を離すはずもなくその堂々とした小さな背中を優しげな瞳で見つめた。
───こいつのことを、こんなにも意識し始めたのはいつからだろう。
それは瞬木が自分を偽っていたときからだったことを井吹は鮮明に覚えている。サザナーラでの最初のサッカーバトルの後から様子がおかしくて気になっていたときに、初めて彼から余裕がなくなる姿を見た。いつも人に流され自分の意見はまるで持っていないかのようでいつも一歩引いていて、余裕綽々といったその表情が気に食わなかったのに、その瞬木らしくない顔つきにざまあみろと思う反面守ってやりたいと、弱々しい背中を抱き締めてやりたいと思った。そのときから、この様なもやもやと渦巻く感情が瞬木を見ていると終始消えないのである。

「なあ瞬木」

「なんだ?」

この感情は瞬木にぶつければ自分の中に渦巻く疑問を消せるのだろうか、井吹は小さな期待をして瞬木を呼んだがその振り向いた表情にまた目が奪われる。
(まさか、自分が、そんな)
大きな黒目がちの瞳が井吹を映す。余裕のない表情をしている自分に呆れて井吹は目をそらす。そして瞬木の方を見返すと前を向く彼の背中が目に入り以前とはまるで違う凛々しい背中をしていた。
瞬木の部屋の前で待つこと十分、未だ出てくる気配のない彼に小刻みに膝を揺らして苛立ちを訴えている井吹は人を待つという行為が大嫌いであるから今にでも瞬木の部屋の開く気配のないドアに跳び蹴りを入れてやろうかと構えをとるとそれを見ていたかのタイミングで瞬木が出てきた。


「なんで出てくるの遅かったんだよ」

「…………部屋、片づけてた」

なんだよそれ、と井吹はぽかんと口を開けた。確かに瞬木は少し息が荒いし、瞬木の後ろに見える部屋はすごく綺麗だ。ぶっきらぼうにそう言った瞬木の頬は急いだからか、はたまた照れているのか、紅潮していた。井吹はその自分よりも一回り小さな瞬木がたまらなく愛しくて、思わず抱きしめた。

「ぅおっ!!…んだよ!?」

「可愛いやつだな、お前」

腕の中の瞬木はいくら井吹より小さいとはいえ男なのだから抵抗すればいくらでも井吹の腕から出られたはずだ。だが、口ではうるさく「離せ」や「やめろ」と繰り返していたが瞬木は力なく井吹のジャージの裾を握っていたのだ。それは、ひどく甘い時間だった。部屋の前にいることも忘れて、瞬木の額にキスをしようとしたとき、瞬木が言った。

「お前、…俺部屋片付けたんだぜ?」

「あ、悪いな。…入ってもいいか?」

瞬木の有無を聞く前に足を踏み入れた井吹はベッドと机しかない簡素な瞬木の匂いがする部屋を目を丸くして見渡した。なんて落ち着くのだろうと井吹が言っている間もなく瞬木が爪きりを手渡した。

「ほらよ」

「ああ、サンキュ」

ぱち、ぱち、とリズムよく爪を切る音が部屋に響いた。瞬木も目を細くしてその様子を見ていた。井吹はバスケをやっていたからか、もしくはキーパーをやっているからか、とても大きな手をしていた。瞬木は思わず井吹の左手を掴んで自分の手に重ねる。自分より二回りくらい大きな手をぎゅっと握った。井吹は爪を切っている途中だともなにも言わず黙って握ってくれていた。





「起きろあほたぎ!!!」

「へ、えっ!?」

目が覚めた瞬木は井吹の膝の上にいた。何がなんだか理解しきれない瞬木に井吹は呆れのため息をついた。瞬木はその井吹の様子を睨み付け、井吹に皮肉じみた声で言った。

「ため息つく前に礼くらい言えば?ばかまさ」

「な、んだと!!…まあ、礼は言うぞ、ありがとな」

小さな爪きりを手渡しても尚、瞬木の部屋を出る気は見られずどかっと座り込んだまま立とうとしない井吹を瞬木は少し幸せそうに笑ってから、井吹の腕の中に飛び込んだ。
それはあまりにも優しい温もりだった。瞬木は井吹のジャージを柔く掴んで離れないでくれと訴えるように顔をうずめた。その瞬木がひどく可愛くて、可愛くてたまらなく感じた井吹は、力無く自分の腕の中にいる瞬木を精一杯抱き締めた。腕の中の愛しい存在は、確かに自分のそばにいる。そのことを痛感しながらも井吹は瞬木を手放そうとはしない。離れても瞬木は瞬木、変わることはない事実に井吹は胸を痛める。

「そろそろ痛え」

「悪い。…腕が離れようとしてくれねえ」

瞬木を抱き締めること早数十分。それでも飽きないのかと呆れる瞬木なんて井吹は気にしないで瞬木の首筋に顔をうずめていた。瞬木の匂いが鼻をひどくくすぶる。

「痛えよ、…宗正」

「仕方ないだろうが。隼人から離れたくねえんだ」








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2014.02.14

宗隼可愛い可愛い結婚しろ!←



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