「兄さん、来週の夏祭り一緒に行けるかな」
「来週…って俺は暇だけど、幽仕事は平気なのか?」
「俺にだってお盆休み位あるよ」

そんな会話を交わしたのが一週間前。つまり本日がお盆真っ只中、話題に登った夏祭り当日である。
そして前日の夜から静雄の家に泊まりに来ていた幽は、夏祭りを謳歌するためのアイテム、即ち浴衣をぬかりなく調達していた。

「お祭りは夜が本番だから、これ着ていこうと思う」
「俺のまで用意しといてくれたのか、悪いな」
「浴衣、見たかったから」

二つあるうちの片方の紙袋を静雄に渡し、着替えを促した。
自分が送った物とはいえ、普段バーテン服しか着なくなってしまった兄に罪悪感を感じていたのかどうかは謎だが、幽が静雄の浴衣姿を見てみたいと思っていたのは本心である。

「着たぞ、幽も着替えてこいよ」
「うん」

ひょっこり顔を覗かせた静雄は、落ち着いた群青の柄が入った浴衣に濃紺の帯を巻いている若干不器用さが垣間見える着こなし。
主張しすぎない色合いの浴衣は静雄の金髪と白い肌をより際立たせていた。
ちなみにこれは幽が自ら専属のコーディネーターに依頼をして一から作らせたオーダーメイドの品であり、目利きのスキルなど持ち合わせていない静雄が気付く筈も無かったが、それでもいいと幽は思っていた。
直感だけで着込んだであろう静雄の浴衣を軽く手直しした幽は、満足したように頷いて自らももう一方の紙袋を持ち姿見のある部屋へと入っていく。
残された静雄は、滅多に着ることの無い浴衣の袖をつまみながら慣れない生地に身を包まれていた。


「着替え終わったよ」
「おぉ、遅かった…な」

暫くして戻ってきた幽の姿を見て静雄は絶句した。
程好く淡い紫の浴衣は静雄の物とは色違いだ。
似合い過ぎていて言葉を失った、勿論それもあるだろう。しかし何よりの原因は、幽が纏っていた浴衣が女物である事だった。
男性にしては比較的長めの髪の毛をサイドでくくり簪で固定し、丁寧にしっかりと着付けられたその姿はどこからどう見ても可憐で純朴な女の子といった印象が見受けられる。
念のために言っておくと、幽は女装癖なんてものは持ち合わせておらず、仕事の依頼外でこのような格好をする事は初めてだった。
この女装には、歴とした理由が存在している。

「幽…それ、女物か?いや、似合ってる、けど」
「こういう趣味な訳じゃ無いけど、この格好の方が兄さんと動きやすい」
「え、っと…そうか」
「人が沢山来るだろうし、そのまま歩いてたらお祭り所じゃ無くなると思って」

幽は芸能界でも人気赤丸急上昇中の旬な俳優であり、そんな彼が人の集まる神社内に姿を表せばどうなるかは想像に難くない。
しかし折角の夏祭り、サングラスや帽子等を使い顔を隠す位なら、自ら女装をして静雄と浴衣姿で過ごす方が良いと幽は判断した。

「じゃあ、そろそろ行こうか、兄さん」
「本気でそれで行くのか」
「…だめ?」
「いや、まぁお前がそれでいいんならいいか」


日も沈み、祭り本番。いつもより密度の高い人混みに屋台が見え隠れする。
家を出て神社に近づく程に大きくなる賑わいに年甲斐も無く気分が高揚してくるのは、夏祭りの雰囲気がそれだけ魅力的であるという事なのだろう。
しかし浮かれていていいのだろうか、というのが静雄の心情であった。
今の幽はどうみても可憐な女の子でしかなかったが、何かの拍子にバレでもしたらちょっとやそっとでは済まされないだろうという事は幽の人気から言っても想像に容易い。

「幽、本当に平気なのか?気付かれたら大変だろ」
「そんなに不安なら、こうすればいいんじゃない」

落ち着きの無い静雄の手を幽が取り、指を絡ませる。
さながら恋人同士のような手の繋ぎ方に恥ずかしさが募るも、久しぶりに触れた弟の掌の感触は静雄を安心させた。
大丈夫、と小さく呼び掛けた幽は静雄の手を引いて人混みの流れに身を任せる。

互いの掌が馴染み始めた頃、静雄と幽の空いた手には綿菓子が握られていた。
他にも焼きそばが入った袋や焼きもろこし、水風船などの夏祭りの定番商品を手に下げ尚も屋台を巡る。

「ガキの頃も二人で夏祭り行った事あったよな、覚えてるか?」
「確か、兄さんは金魚すくいもヨーヨー釣りも下手で一個も取れなかった」
「あ…れは、薄すぎる紙と細すぎる紐が悪い」
「屋台のおじさんがたった一つだけ兄さんにくれたのを、俺に渡してくれた事も覚えてる」

食べたい杏飴を我慢してヨーヨー釣りに挑戦するも失敗した静雄と、それを隣で見ていた幽。
静雄はおまけで貰った一つのヨーヨーを幽に渡し、幽は残った金で杏飴を買いお礼と称して静雄に渡した。

過去の懐かしい記憶を思い出しながら歩いていると、大分時間が経ったのか少しずつ人が減って来ているようだった。
時計を確認すると随分遅くまで食べ歩きを続けていたらしい。
完売した屋台は既に店じまいを始めており、祭りの終了を仄めかす空気が辺りに立ち込める。

「大分長いこといたな、そろそろ帰るか」
「兄さん」
「あ?」
「…鼻緒、取れた」

立ち止まった幽の足元に視線を下ろした静雄が見た物は、根本から抜けて取れた鼻緒だった。
辛うじて足に引っ掛かっている状況だが、このまま家まで帰る事は不可能、というよりはさせたくない静雄は幽の目の前で背中を向け片膝をつく。

「それじゃ歩けねぇだろ、乗れよ」
「…でも兄さん、恥ずかしくない?」
「大して人いねぇし…それに幽なら構わねぇよ」
「それは、兄弟だから?」
「兄弟、ってのもあるけど…あれだろ、今の幽と俺はその、こ、恋人…って」

段々と勢いを無くす声を聞き、幽は草履を脱いで静雄の背中に体を預けた。
この時、静雄は気付いていなかったが兄の背中の感触に懐かしさを感じた幽は小さく笑っていた。


「ありがとう、兄さん」
「いや、幽も誘ってくれてありがとうな」

「また来ようね、来年もまたその次の年も」







ppk様へ捧げます浴衣デートで夏祭りな幽静でした
が、設定が全く活かせてません申し訳ないです
平和島兄弟はちっさい頃にも二人で夏祭りへ行ったに違いない!と勝手に捏造しました
あっ因みにどうでもいい要素ではありますが、浴衣の柄は津軽海峡的なイメージですはい
裏は有りでも無しでも…と言って下さっていたのですが、力不足故破廉恥な方向へ転換できませんでした折角の素敵シチュが勿体無い…!精進致します

この度は一万打リクエストにご参加頂き誠にありがとうございました!

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