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少女は孤独を食らいつくした



―自分を裏切った英霊とまだ契約し続けるなんて、あのマスターは何を考えているんだ?


「天草四郎、マスターの部屋のお掃除は終わりましたか?」

「…ええ、まあ」



主が不在の部屋に現れたジャンヌは、先程の戦闘で負った傷や汚れを修復されている
自分達の宿縁が繋がるきっかけとなった聖杯大戦の最終局面ではこちらが彼女を倒したというのに、今回は──守るべきマスターがいるとこうも意思の強さが輝きを増すのか

ジャンヌはまるで何もなかったかの様な姿だが錯覚してはならない
確かに天草四郎は先の特異点で聖杯を手にする為、ルシティカとジャンヌを裏切った、もう変えようもない過去として記録された事だ



「まだ、なにか?」

「これはマスターのサーヴァントでなく、ルシティカの友としての言葉ですが……
天草四郎、貴方が今回犯した間違いは最悪です。貴方は、貴方に伸ばされたルシティカの手を最低な形で壊した」



彼女はこちらを睨んでもいないのに、圧に膝が崩れそうになる



「それでも貴方を見限らず、彼女は貴方との関係の再構築を目指す為に契約を続けるでしょう
けれどそれは同時にカルデアの方々の不信を一身に背負うという事」



分かっている、人類にとって正しいと思った行為はルシティカへの背信だという事くらい。それを承知で天草は反旗を翻した
首根っこを掴まれ、カルデアまで帰還させられた天草へルシティカが何も言わなかったからこそ、目の前のジャンヌの言葉は真っ当な行為と正しい否定で天草を罰する



「二度聞かせてください
天草四郎──貴方がルシティカの契約に応じた際の言葉は、嘘だったのですか?」



遠い昔の出来事の様に感じる、それ程までにルシティカと契約を結んだ日から月日は流れたというのか


『マスターとなるべく者の歪みを「救済」するべく、参上いたしました』


あの時、少女へ投げかけた言葉に嘘偽りはない、なかったというのに天草はジャンヌからの問いかけに返答する事が出来なかった
救済すると言っておきながらの今回の出来事。あそこで嘘はなかったと言えば、ジャンヌは何というだろう。今、天草が胸に抱える様な矛盾点を突くのだろうか



「ルシティカちゃん、最後にもう一度だけ聞くよ?
君は本当に、彼―天草四郎との契約を続けるのかい?」



粗方、部屋の掃除を終えた事を報告しようとルシティカを探していた時にその声は聞こえてきた
扉が開いたままのレイシフトルームに見えた人影は二つ、一つはロマニ・アーキマン、そしてもう一つは天草が現在探していたルシティカのものだ



「さっきの事で天草くんへの不信、それから彼と契約を続けるルシティカちゃんへ疑念が深まってる」

「うん、何となく知ってた」

「それを知っても尚、彼にこだわる理由を聞かせてくれないかな」



事実上のカルデアのトップとしては至極真っ当な追及だ
ロマニが投げかけた問いかけへルシティカがどう返すのかが気になり、気配を殺したままに天草はレイシフトルームの会話に集中する
自分やジャンヌではなく、ロマニにならルシティカもその胸にある想いを言葉にすることだろう。それが例え天草の否定でも、ありのままを受け止めよう。そう決めた


「ドクター、誰にも言わないって約束してくれる?」

「ああ、約束するよ」

「…正直、シロウとさっき戦った時は何とかなったけど、次にあれが起こったら…私はちゃんと出来るのかなって不安なの」

「天草くんを何とかするとかじゃなくて、ルシティカちゃんがちゃんと出来るかが不安…?」

「さっきもね、本当は心の中はぐちゃぐちゃだった。みっともなく泣き喚きそうになった
でもそれを寸手で押しとどめられたのは、まだシロウを信じていたいって気持ちだった。次にその想いを押し殺せるのかなってそれだけが不安かな」



ロマニが息を呑んだのと合わせ、レイシフトルームの外の天草の息もルシティカの言葉を上手く噛み砕く事が出来ず、飲み込む事も出来ない
彼女は”諦めている”、マイナスな方向と受け止められる言葉だが実際は酷く前向きなのだ

天草四郎がまた聖杯を前に自分を裏切る可能性を受け止めた上で、それは”起こる”ものなのだと再発しない様にする事を諦めた
諦めておきながらルシティカは再び今回と同じ事が起こった場合、今回と同じ様に天草を止めようとしている。ルシティカは、今回の事で天草四郎を信じる事に懲りもしていなかったのだ



「聖杯で叶えようとするシロウの夢も、理想も私は否定しきれない
争いのない世界に人類を導こうとしても、シロウはその中に自分をきっといれようとしない。私ね、ドクター。シロウはひとりぼっちなんだと思う」

「だけどルシティカちゃん、同情では聖杯を前にした彼を止め続ける事は出来ないぞ」

「うん。だから私がずっとシロウを邪魔し続ける、シロウの抱く夢の前に立ち塞がってみせる。だってそれが彼を呼んだ、マスターとしての私の責任だから
もしそれが出来なくなってドクターやリツカ達の邪魔になるなら、私は胸を突いてシロウと一緒に地獄に落ちるよ」



現世に呼び出した事が責任ならば、きっと胸を突いて一緒に地獄に落ちると決めたのはルシティカなりの覚悟なのだろう
カルデアのスタッフに後ろ指を指される覚悟、天草四郎の夢の完結を先延ばし、怨恨を背負う──そうまでして天草四郎と共に戦うと決めた少女に、ロマニはもうかける言葉を失ってしまう



「分かったよ。スタッフの方は僕とレオナルドで何とかする」

「…ごめんなさい、ド…わっ?!」

「一息つきにまた部屋においで、とっておきのお菓子をルシティカちゃんにあげる」

「本当?!」



今までの雰囲気を壊し、ルシティカはいつもの様に何も考えていない笑顔でロマニの言葉にじゃれつく
怨恨も、不信も背負って自分と戦おうと決めたルシティカは何故そうまでして──そこまで考え、天草は既に彼女の言葉で答えが示されている事に気付く

ルシティカはどうしようもなく天草四郎という英霊を信じているのだ
今回裏切られたとしてもただの一度だけ。それまでに共に駆け抜けたオーダーで重ねた信頼は、そんなただの一度くらいの裏切りで彼女の中で揺らいだりしないのだ

きっとそんな事、天草は気付いていた、気付いていたのに気付かないフリをしてきた
こんな大きな信頼を知ってしまえば──今までルシティカとの間に在った一線が消えてしまう、ルシティカから伸ばされる手が本物なのだと分かってしまう



「マスター」

「あ、シロウ!見てみて、ドクターからお菓子もらった!
いっぱいもらったからシロウにもあげるね」



怨恨も、不信も背負うというのなら──自分も見て見ぬフリをし続ける事は叶わなくなる
大きすぎる信頼だ、けれどルシティカが背負うものと比べれば丁度いい重さになる筈だ。彼女をここまで信頼させてしまった罪は、罪だというのにどこか温かい



「──ありがとう、マスター」