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三文字で表す君への感情


ピーク時間を過ぎたカルデアの食堂は人気もまばらだ
それでも邪魔にならない様にという配慮からだろうか、その二人の姿は食堂の観葉植物の影の奥にある席で見受けられた


「ア、アー…アムァ…?」

「あまくさ、天草ですよ、マスター」

「アミャ…うぎー!」

「何してんの?ルシティカ」

「あ、リツカー!助けてー!」

「おや、人を悪人の様に言うのは人聞きが悪いですよ?マスター」

「俺を盾にして話さないでくれない?」



丁度、集中力が切れた頃を見計らった様に現れた自分と同じく魔術王によって焼却によってされたこの世界で2人しかいないマスター、藤丸立香へとルシティカは抱き着いた
立香の背後に隠れ、彼を盾の様に扱うルシティカと立香という盾の奥に隠れるルシティカを引きずり出そうとする天草──はっきり言って幼稚園児以下のレベルのやり取りにしか見えない


「なるほど。天草って発音が出来ないから練習してたのか」

「そうなんだよ〜」

「これが中々強敵でして、一度も上手く発音が出来た試しがないんですよ
出たとしても猫の鳴き声に似た何か、みたいな」

「これでも頑張ってるのに!酷い!」



また一波乱起きる前に立香がルシティカと天草の仲介に入り、事なきを得る
むすっと頬を膨らませるルシティカの前に開いたままのノートと書庫から借りて来たであろう日本語がずらりと並んだ国語辞書、そして幼児向けに発刊された絵本
ルシティカも彼女なりに不慣れな日本語とロクに施されることのなかった教育で頭をパンクさせながらも努力している痕跡は見られる
きっと、誰より努力が実を結ばない事実に焦りを感じているのはルシティカ本人に間違いはない


「まあ、でも日本語って発音の仕方が独特って言うし無理しなくていいんじゃないか?」

「藤丸さん、そうマスターを甘やかしてばかりではいけませんよ」

「…あ!じゃあ、アミャ…じゃなく貴方が私の名前を呼んでみてよ!」

「…私が、ですか?」

「うん!そうしたら、私が苦しんでいる発音の難しさも分かるかなーって!」



名案だとばかりに自分がたった今、思いついたであろう案に天草が乗って来てくれる事を期待する様にルシティカの澄んだ青い瞳が、彼を映す
どう出るかと立香が天草を盗み見ていると天草は暫く思案する様に唇に触れ、にこりと音が聞こえてきそうな笑顔を浮かべた



「いえ、それは遠慮しておきましょう」

「えー!何で?どうして?」

「サーヴァントの身でありながら、マスターの名前を呼ぶのはどうかと思いますので」



少し休憩を取りましょう、そんな口実を作って逃げ出した天草の背中をじとりと見つめるルシティカの視線にこうなるだろうと薄々予感していた立香から苦笑がこぼれる
立香からすると不満をありありと表情に書き、隠そうともしないルシティカもルシティカだが、ルシティカからの歩み寄りを全て紙一重で隠す天草も天草だ
紙一重で躱すものだから、もしかしたら…何て期待を相手に抱かせても仕方ない思わせぶりな態度。これにはルシティカが怒るのも無理はない、何だかんだで良く似ている主従である


「ものの見事に一線引かれてるなぁ」

「リツカもそう思うよね?私はもっと仲良くなりたいのになぁ
マシュじゃないけど、将来的にはアイコンタクトで色んな意思交換が出来る様になりたい!」

「あはは…、…ん?あ、それだ!」

「へ?」



天草が戻ってきた頃には既に藤丸の姿は見当たらなかった。大方、彼を先輩として慕うデミ・サーヴァントの少女が連れていったのだろうと予想は容易い
紅茶の茶葉が開く香りに気付いたルシティカが幼児向けの絵本を机に、振り返る。不機嫌かと思われていた表情は、天草が考えていたものよりも晴れやかだった



「お帰り、"シロウ"!」

「────」



隙をつかれての攻撃に天草の瞳が丸々と見開かれ、その場で固まってしまう
暫くの間、そうしていると食堂の向こうから聞こえて来た誰かのせき込む声に我に帰る
我に帰った天草が最初に見たのは悪戯を成功させた小さな子供の様な、ルシティカの無邪気な笑顔だった



「ふふ!うんうん!名前ならばっちり呼べる!びっくりした?シロウ」

「それは…藤丸さんの入れ知恵で?」



天草の言う通り、ルシティカの呼び方は先に席を立った立香の考案だ
自分を名前で呼べるなら、天草もそうなのでは?そんな考案者の考察は的の真ん中を射抜き、的中させた



「これからはシロウって呼ぶね!」



ロクに必要な教育を施されていないのに名前を呼ぶ為、日本語を習いたい。たったそれだけの為に有限である時間を消費し、勉学に宛てる──
何ともいじらしくて、初めて覚えた単語の響きを楽しむ様にシロウと名を呼ぶルシティカに天草は何とも言えない感情に胸を焦がした