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二面性の救済




「ここに来るとやっぱり緊張するね」



必要最低限の照明しか存在しない部屋は厳かで、自然と少女の息が詰まる
頼りなさげに笑う己がマスターに同行を名乗った旗の聖女が勇気づける様に少女へと微笑みかけ、部屋の冷たい空気が刹那、温かさを帯びた



「気負わずにリラックスですよ!マスター!
大丈夫です。いつもの貴女通りに呼びかけを行えば、誰かが応じてくれる筈ですから」

「うん、頑張る!ありがとう、ジャンヌ」



友でありマスターとして認めてくれた旗の聖女―ジャンヌ・ダルクの存在に背中を押され、その少女―ルシティカ・エヴァノールは前方に描かれた魔法陣へ一歩向き直る
過去、これまでただの1度しか行ってきていない為に忘却の彼方へ置いてきた言葉の一つ一つを思い起こす。そして最後、胸に溜まった重みを吐き出し、意を決する



「──素に銀と鉄、礎に石と契約の大公、降り立つ風には壁を
四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」




一節、また一節と口にする度に体中に存在する魔術回路が開き、沸騰する体の熱が体中を巡る感覚が手に取る様に分かる



「──閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ
繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する」




確か、以前に正規の聖杯戦争では英霊を召喚する際には『聖遺物』という英霊に縁のある代物、その伝説が刻まれた大地を用意ないし足を運ぶのだという
けれどルシティカには生を受けた日より持たされたものはこの身一つ、『聖遺物』などと用意できる筈もない。彼女にとっての英霊への呼びかけは全てが、一か八かの賭けである

不純物が混ざり始める儀式へ再び視線を結び直す
英霊という存在を現世に呼び起こす奇跡を成す技を前に、失礼があってはならない



「──告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に
聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」




教会で神への日々の祈りを紡ぐ様に結んだ両手の裏、既にジャンヌとの契約で鎖骨の間に刻まれた令呪が鼓動を打つ様にノックを叩く
ジャンヌと再会した時の再来を思い出しつつ脈打つ令呪の鼓動が示す「旗の聖女以外の何者か」が呼応する実感。その扉を開く様にルシティカは最後の一節を紡ぐ


「──誓いを此処に。
我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。

汝三大の言霊を纏う七天
抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」




詠唱を紡ぎ終えた安堵から軽くなった体を魔法陣から発生した光と突風が掬い上げる
ひと時前までは最低限の灯りしか存在しない部屋を包む閃光に目を眩ませる事なく、ジャンヌが己のマスターの元へ駆け寄った



「マスター!大丈──、っ!」

「ジャンヌ…?」



マスターであるルシティカの安否を気遣うよりも前にジャンヌが何者かが召喚された方向へと視線を投げた。特異点で見せる凛然とした瞳が、鋭さの中で不安定に揺れる
疑問と躊躇い、そして大部分を占める戸惑いの色をしたジャンヌを見上げるルシティカ。彼女らが何かをする前に"彼"は笑った



「やれやれ、荒事は苦手なのですが…」

「…まさか、そんな…貴方が…」

「え?え?」



"彼"とジャンヌに置いてけぼりを食らい、状況が把握出来ていない少女の戸惑いが言葉となって部屋の隅で波紋を広げて落ちる
広がった波紋は数秒置き、その声に応じて召喚された"彼"の元まで届き、そして──



「サーヴァント、ルーラー。天草四郎時貞。召喚…いえ、」



そして、"彼"は──



「マスターとなるべく者の歪みを「救済」するべく、参上いたしました
───貴女が、私のマスターですか?」



ルシティカ・エヴァノールの召喚に応じ、ただ貼り付けた顔で笑った