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やがては運命へと至る


淡い灯りだけが点るカルデアの通路にて、その人だけがはっきりとした色彩と輪郭を伴って浮彫となる
飾り立てられた額縁、こちら側の世界との境界線を越えて現れた完璧なる存在に、瞬く間もなく天草四郎は目を奪われた


「やあ、天草四郎時貞」

「……」

「ん?どうしたのかな?どこか霊基の調子が悪かったりする?」

「…ああ、いえ。管制室や工房以外であなたの姿を見るとは思いもせず、つい」

「私だって移動くらいするさ」



今も尚、多くの謎と完成された美しさで人々を魅了し続けるモナ・リザのウィンクが青年の苦笑を深める
藤丸立香に応えたサーヴァントではない彼が何故、ここに一人いたのか──天才たる頭脳を持つダヴィンチはこのエリア内にある施設を弾き出し、その施設名が偶然にも今 自身が彼に勧めようと思ったものと同じである事に偶然を感じずにはいられない


「霊基の調子が悪いなら、ロマニの所にと勧めようと思ったけど…
なるほど、ロマニの所にいるのは君のマスター・ルシティカちゃんの方だったか」

「ええ。まだ第6特異点での傷が完全に癒えたとは言えないので念の為に、というやつですよ」

「彼女の召喚に応えた時から考えられないような言動だね、一皮むけたみたいだよ」



ダヴィンチの言葉によって、思いがけない事を知った天草の瞳が一つ瞬いた。隙の一つとも言える、その動作すらもルシティカの召喚に応えた初期には見せようともしなかった
けれど今は違う、英霊が自身が考えもしない変化を人間の、それも魔術の全てを学んだでもない一人の少女に与えられた
そんな愉快で、美しい物語を天草の目の前の天才は捲らざるにはいられもせず


「前例のない…いや、あったかもしれないけど記録にも残されていないマスターとサーヴァントの恋愛関係
ぜひとも詳しく話を聞きたい所だね、君はマスター待ちで手持無沙汰で私も同じようなもの!ここで会えたのも何かの縁だろうし、どうかな?」

「彼の天才と呼ばれるあなたにとっては特に面白みも、変哲もない話だと思うのですが…」

「ふふ、それを決めるのはこちらに任せたまえ
簡単には逃がさないぜ?何たって前例のない現象、本来交わる事のない魔術師と英霊の恋愛感情──奇跡を成した君達の話に私は大いに興味があるのだからね!」



爛爛と輝く瞳に迫られた天草がどうなったか、ダヴィンチの工房にある姿から言わずとも分かる事だろう
いつからか好奇心に輝く瞳に弱くなった自分、それも先程ダヴィンチが言った ルシティカから与えられた変化とやらの一つなのだろうか


「座って座って。あ、何か飲み物でもいるかい?」

「お気遣いなく」

「硬いなぁ。…でもその顔と言葉遣い、ルシティカちゃんに召喚された時の君を思い出すよ」

「先程から同じ言い回しをされますが…そんなに私はマスターへ一線引いていましたか」

「おっと、天才たる私の前でとぼけるつもりかな?天草四郎時貞」



忘れるなかれ、目の前の英霊は天才の名を欲しいままにしてきたダヴィンチその人であることを
同じ英霊という枠組みであっても、その頭脳の前にはルシティカのように追及を躱す手などはない。早々にそれを理解した天草は仕方ないとばかりに肩を竦めて見せた


「私がマスター、ルシティカの声に応えたのは彼女の『歪み』に気付いたからです」

「ああ。確かそう言われたと当時、ルシティカちゃんに報告されたよ。その『歪み』というのはあれだろう?」

「幼少期の世界の全て…とも言える家族に愛されなかった故に、世界に馴染めなかった子供が至った結論と言えば少し同情の余地はありますが、ね
偶像である『神』に縋り、人理焼却すらも自分へ与えられた試練と現実逃避…一種の認識障害ですね。それを私はこの手で救済すべきものと考え、召喚に応えました」

「それは島原の乱で悉くを奪われ、救えなかった過去を拭う為?」

「過去は過去、未来を生きるルシティカに干渉すべきではない事象ですよ」



笑顔と笑顔、傍から見れば穏やかな談笑風景に見えても分かる人間には分かる。天草とダヴィンチが今 行っているのは腹の探り合いだという事を
次の言葉の先を読んで、的確な回答を成そうとする天才とどうにか不意打ちと弱点を突かれないように回り込もうとする凡才
ルシティカの怪我の定期健診をしているであろうロマニが見れば、胃痛に苦しむであろう風景に違いない


「…とまあ、きっと今のように私は彼女に干渉されるのを忌避しました
知られて、あなたと同じ言葉で質問されても私には回答を持ち合わせていませんでしたから」

「ん?回答を持ち合わせていないとは?」

「彼女の『歪み』を救済すべきものと考えたのは真実ですが、召喚に応えたまでの経緯は…正直衝動的でしたから」



目の前のダヴィンチの瞳が丸々と弧を描く。そこに描かれた感情の一端は驚愕に彩られ、天草は初めてこの天才の不意を衝く事に成功したのである
切り札、というには仰々しい今の言葉を発したのはここが初出。今までひた隠しにしてきた秘密、どこからか漏れてルシティカの耳に届く事を避けておきたかった事実
──今、思えば ルシティカの耳に届く事を何としても避けたかった理由に『救済』という言葉を用いておきながら、実際は…知られて彼女に拒絶されるのが怖かった
失望されたくなかった、そう考えた時点で天草四郎は知らぬ間に己がマスターに変化という名のギフトを授けられていたのだろう


「それで?そこまで徹底して、内側に入り込まなかった天草四郎はどうやってルシティカちゃんの干渉を受け入れたんだ?」

「私の方は自らの事情に踏み込ませないようにしていましたが、彼女が違ったんですよ
…確かに彼女はこちらの事情に強く踏み込んだ事はなかった、けれど代わりに私がルシティカの内側に引きずり込まれてしまったんです」



天草自身が言ったように、確かにルシティカ・エヴァノールという少女は、ただの一度も天草四郎という英霊の内情に強く踏み込んだ事はなかった
『神様』を信じる無垢な子供を演じる自分を何よりも疎んでいたように、自らのサーヴァントが敷いた境界線を敏感に感じ取っていた。聡く、自分を含めた周囲を騙し続けた少女
ルシティカの方には境界線というものは存在せず、天草の警戒心が弱まった所に一気に腕を掴んで引きずり込んで、彼女を知った事で天草は観念するより他、道は存在しなかったのである
一目ぼれは一種の暴力、などと何とも的を得た言い回しではないか


「それをきっかけに私は彼女の『歪み』の原点を知り、実際は一番その『歪み』を抱える自らを愚かだと見下ろしていたのがマスター自身だと気付けました
私の救済などいらなかったというのに、それでも私が必要だと笑った少女に白旗を上げるしかないでしょう?」

「ああ。それは確かに──君の作戦負けだね、天草四郎時貞
化かし合いはルシティカちゃんの方が一枚上手だったか」



ジェットコースターのような急転直下
ルシティカに出会わなければ知りようもなかったであろう感情、人類救済の為には不要である筈の心も今では──



「ある英霊の言葉を借りるならば…”好きになってしまったのだから、仕方ない”ですね」



与えられた恋心から放たれたのは言い訳じみた、けれど自分の想いを受け止めた果てに出た全て
ああ──あの日、人を救う事を止めた癖に、認めるしかないだろう。この感情を抱いた、自らの運命とも言える少女の出会いを”奇跡”と


「おや、マスター。随分と愛らしい髪型をされているのですね」

「ふふ、私やジャック、小さなジャンヌとやったのよ!」

「ナーサリー達と一緒に見てた映画のね、お姫様の髪型だよ!とってもかわいいよね!」

「ええ、とても」

「うー…簡単に言うんだから、シロウめぇ……」



恨めし気に見つめてくるルシティカだが、天草の言葉によって毒気を抜かれてしまったのか 怒気がいまいち足りない
子猫の戯れとしか思わない八つ当たりを躱しながら、ナーサリー達と別れて歩き出す二つの背中を見つめる、小さな──ルシティカの親友の姿にダヴィンチは「やあ」なんて声をかけながら、膝を折る


「あ、ダヴィンチさん!」

「ダヴィンチちゃんでいいよ、ジャンヌ・オルタリリィ
熱心に見ていたようだけど、何かあの二人に気になる事でもあったかい?」

「お師匠さんと、お師匠さんと正しい私のマスターさんってそういう関係なのかなって…」

「ん?どうしてそう思うのかな?」

「だって──」



そう前置きしながら、ダヴィンチと会話をしながらもジャンヌ・オルタリリィの瞳はたった一点に注がれ続けている



「シロウ、あっちでリツカとマシュが皆でゲームしてるんだって!ジャンヌも先に行ってるから、私達も行ってみようよ!」

「マスター、そのように急がなくとも…転びますよ?」

「大丈夫!だってシロウがいるもの!」

「だって──二人とも、あんなに素敵な笑顔を浮かべてるのでそう思ったんです!」