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Ash like snow


今の今まで燃え盛る炎の熱、色に目を眩ませていたというのにその光景を見た瞬間、ルシティカの視界が開けた



「っ、だめぇー!!!」



村に火を放ち、村の民達に一切の感傷も躊躇いもなく翳された剣

ーただ走った、目前に迫る死の恐怖に怯える子供の元へ
ーただ叫んだ、理不尽な惨劇に抗うように
──ただ嫌だったのだ、自分には救えた筈の命を目の前で失った後悔を背負って生きる事が出来ないと知っていたから

鮮やかな鮮血が血しぶきとなって空中を舞う
それは一瞬の内に思いつく限りの言い訳を自分に並べ、そして今 自分が抱きしめる命の形を守れた事に安堵するルシティカの体から溢れたものだった


「おねえ、ちゃん…」

「っ逃げて、走っ…て…振り向かない、でっ!」



決死の叫びに言われるがままに、村の子供がルシティカの腕から飛び出して駆け出す
動くものに反応して、子供の後を追おうとする粛清騎士の足へ絡みつくルシティカだったが 既に深い一太刀を負った体はいとも容易く地面を転がり、出血量を増やしていった



「……かみさま」



視界は気が付けば、赤色に染まっていて
その色が村に放たれた炎ではなく、自分から流れた血だとルシティカが気付いたのは生きる事に縋る為に伸ばした指先から伝わる生暖かさからだった


「本当は知ってた、神様なんていないこと」
「それでも縋るものと言えば、私には神様しか思いつかなくて…」



静かで、真っ暗な世界に独白だけが木霊する
『神様』を無垢に信じる自分と、そんな自分を浅はかな人間だと俯瞰する自分──気付いていたけど気付かないフリをし続けた結果、ルシティカの中には二つの思考回路が存在する事となっていた
でも、もういい。気付いていながら目を逸らすのも疲れた、剣に斬られた痛みがあまりにも苦しくて、現実逃避の為に伸ばした手も誰にも──届かなかった、だろうか


「ルシティカ」



真っ暗な世界の最奥を目指していた足を止めるような声に、ルシティカの足が止まった
現実逃避の為に伸ばした手が届いたかの疑問を縫うように届いた声は、彼女の聞いたことのない知らないソプラノの声で誰なのか気になったのだ


「だれ…?私を呼んでるのは、誰?」

「ルシティカ…
ごめんね、ごめんね、ルシティカ」



その女性の声はただただ謝り続けるだけで、何を伝えようとしているのか検討もつかない
誰なのかと尋ねるルシティカの声が届かないように、きっとこの女性の声というのも本来ならルシティカには届かない代物だったのだろう


「産んでしまってごめんなさい、愛してあげられなくてごめんなさい
──生まれる前に殺してあげられなくてごめんなさい」

「……そう、だったんだ…私は、やっぱり」



ひたすらに懺悔だけが繰り返される、一種の悪夢のような時間
いっその事、耳を塞いで最奥まで走り抜けたいと思った。寧ろこの声が届いた理由はルシティカにそれを促す為のものかもしれない
けれど何故か、何故だか──先程まであった筈の破滅への願望がルシティカの中から消え去っているのだ。足は奥へ進む事を忘れたかのように静かだ


「ねえ、顔も名前も知らないひと。どうかもう謝らないで」

「ごめんなさい」

「…私は確かに、外から見ると不幸かもしれない。でも私はそんな風には思わなくなったよ」



届かない事なんて知っている、けれど言葉にせずにはいられなくて
親に捨てられ、孤児院へと捨てられた哀れな子。居もしない『神様』だけを信じて、愛情を欲した愚かな子供ーそれが自分なのだと周囲の認識に溶かされ、本当の自分が分からなくなっていた
それでもこんな自分を救い出してくれた人達を知っている、そんなかわいそうな子供という一括りの認識ではなく、ただのルシティカ・エヴァノールとして色をくれた人達が大好きになった


『ルシティカ』


「大好きなひとに呼んでもらえる為の名前を残してくれた、私はそれだけで良かったんだ
寂しい気持ちもあの人達と過ごす日の中で、救われた。だから生まれてこなければよかったなんて思わない」



涙に濡れるソプラノの声と重なるように、最奥とは反対の方向から声が聞こえる
この奥に進む事を良しとしない声の元に帰る為、ルシティカは踵を返す。今は帰りたいと願う場所が自分にはある、そんな自分が誇らしくて、やっと好きになれていく
だから死んではだめなのだと他ならぬ自分が得た答えに笑顔がこぼれた



「だからね、私を生んでくれて、あの人達に会わせてくれてありがとう──おかあさん」



声は聞こえない、代わりに思い出した事がある
生きたいと願って、縋るように伸ばした手は──私を待つあの人が掬い上げてくれたんだ



「…ルシティカ?」



長らく真っ暗な世界にいた為、仄かな光を捉えるだけでも目が痛くなる
漸く光に慣れた頃に視界に入ってきた天草四郎の瞳がいつもより大きく開かれ、彼の抱く感情にゆらゆらと揺れているのを確認できた
呼んでくれた、自分に持たされたたった1つの名前を呼んでくれた天草へと手を伸ばす。1つの動作を行うだけで軋む体、痛みに起きるまでにあった出来事が現実だと知る



「っ…」



今までに感じたことのない痛みにより、叩き落された腕が寸手の所で天草へ拾い上げられた
斬られた部位が部位なだけにうつ伏せで寝かされるルシティカの瞳に映るように、天草の手が彼女の手を包み込んだ


「何も言わなくていい、大丈夫だから…
君が目を覚ましてくれただけで私にとって十分、なのですから」



彼の瞳には涙の膜は愚か、頬にすら涙の跡は見られないのに泣いているように聞こえる
壊れものを扱うかのように握られた手が、少しばかりくすぐったくてルシティカの瞳が緩い弧を描いていた


Ash like snow