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黎明へ触れた指先


「…Amazing grace」


夢を見る
柔らかな日差しが差し込む、穏やかな日々の一端を


「…That saved a wretch like me」


ー夢を見る
日差しが艶やかに象る、ある女性の形をしたそんな夢だ


「こんな部屋があったとは知りませんでしたね」

「凄く奥の方にあるから、中々分かり辛いよね」

「確かに。マスターの魔力を探らなければ、私もここを知らないままであったでしょう」



気配を感じさせることなくかけられた声に、もうルシティカが驚く事はない
自身と契約する天草の言う【こんな部屋】とはカルデアの深部に位置する礼拝室だ
そんな礼拝室にひっそりと掲げられた十字架へ捧げていた歌を途中で切り上げ、ルシティカは自分の知り得る情報を、室内へ興味深げに細められた視線を散らす天草へ提供する


「色んな国籍、宗教を信仰する人が集まるから作ったんだって。ドクターが言ってた!」

「なるほど」

「でも私みたいに歌を捧げるひとはあまり見かけなかったかなぁ」

「逆にマスターは何故、歌によって祈りを捧げるのですか?」

「…教会でのミサの時にね。シスターに褒められたの、ルシティカは歌が上手ねって
だから神様にも褒めてもらいたくて、ずっと歌う事にしたの」

「…そうですか」

「あ!ち、ちゃんと歌以外にも指を組んでお祈りする事もあるからね?」



シスターに褒められてもらったから、次は神に褒めてほしいとその歌が十字架の向こうへ届く日を夢見て歌っている
─そう呟いた彼女の、留まることなく愛を欲する暗い部分はルシティカの瞳を否応なく汚染する
両親という子供にとっては世界そのものである存在に否定され、捨てられたことで自分は不要だと烙印をつけた彼女の現実逃避の果て、救いのなさに天草は多くの言葉は出なかった
ワントーン下がった天草の声音に、彼の気分を害したのかとルシティカが慌てて取り繕うように慌ただしく動き始める。ルシティカの瞳を見ていると海面と海底を行ったり来たりしている気分になって、思わず笑みがこぼれた


「シロウは確か…んーと……聖杯大戦の時は神父様だったんだっけ?」

「おや、そんな事をいつかの時に話しましたか?」

「ううん、ジャンヌに聞いた!」

「あなた達はそんな話までしていたのですか…
ええ、聖女から聞いた通りです。その役職も助力があって手に入れたものですが」



最初に召喚された事も相まってかジャンヌとルシティカの仲が、ただのサーヴァントとマスターという言葉でまとめられるようなものではないとは知っていたがと天草は額を覆う
届かぬ星へ手を伸ばした日々、そして一度 手が届いた星は邪竜によって撃ち落され──苛立ちが沸く感覚があったので追想をそこまでにする。それでもその一瞬、天草の脳内で何かあったのかを悟ったルシティカが首を傾げていたが、天草は見て見ぬふりをした


「…?ねえシロウ。ジャンヌから聖杯大戦の話はいっぱい聞かせてもらったよ
でも私、今度はシロウからもその時のお話も聞いてみたいな。…だめ?」

「…いいえ、他ならぬマスターからの頼みであるなら喜んで」

「やったー!えへへ、嫌って言われたらシロウの夢はもう既に知ってるし、いつ裏切られてもいいように心構えしてるのにまたかー!って怒る所だった!」

「ははは、根に持ちますねぇ」

「持つに決まってるよね???」



海底の更にその先を表したルシティカの瞳に、天草が映りこむ
ーああ、そうだ。この少女は聖杯を前に裏切られ、夢を知っても否定はしなかった。諦めという形で受け入れた上でこうして傍にいる事を許してくれた


「マスターは暫くこちらに?」

「うん!まだ歌い始めたばかりだったから、どうして?」

「なら…邪魔にならない程度にお願いを聞いてもらってもいいでしょうか」

「私にできることなら!」



だから、きっとこのサーヴァントらしからぬ願いもルシティカなら受け入れてくれると天草は信じていた



「こんな事でいいの?」

「ええ、…十分です。ありがとう、マスター」

「ううん、どういたしまして!シロウにはいつも助けてもらってるから、これくらいはね」



天草がルシティカが自分からのお願いー膝枕を拒まない事を信じていた
そして逆にルシティカは彼にとって膝枕というものが特別なものである事を知っていた

ー夢を見る
穏やかな日差し、小鳥の囀り、それらが艶やかに象る女性の形、楽しそうな二人だけの微笑

あれはジャンヌと契約して始めて見た夢についてロマニが説明してくれたものと同じものだ
彼の大切な記憶、そして膝枕を求められた特別感を噛みしめてルシティカは胸が温かくなるのを感じた。神様へ捧げる為の歌なのに、頭は既に天草の事でいっぱいだった




「私、やっぱりシロウの事が好きなんだ、なんて」