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アダラが追い越した夜



―クリスマスに欲しい…もの…?
どうしてそんな事を私に聞くの?

―え?逆にどうして、って…えっと、んーと、
だって私がクリスマスに欲しいものを妹や弟たちに聞いて、プレゼントを用意する側だったから?

―私がサンタクロースにプレゼントをお願いする時間よりも、私がサンタとしてあの子達を喜ばせる時間の方が長かったからプレゼントは別にいらないかなぁ



『という訳さ。ああ、これを聞き出したロマニは精神的ダメージを受けて寝込んでるからそっとしておいていくといい。ダ・ヴィンチちゃんとの約束だぞ!』



「先輩、困りましたね…」

「うーん。これは中々の難題だね、マシュ」



同じタイミングで吐かれた2つ分のため息は人理を復元してきた時の中で、立香とマシュの間に出来上がった絆ともいえるだろう
幾つもの困難を乗り越えてきた彼らだが、そんな彼らの頭を悩ませるのは新たな特異点の出現などではなく。自分達の隣人であるルシティカという平凡な形をした少女にあった


「何やかんや言いながらあまく…サンタアイランド仮面のトナカイで乗り切ったり―
今も聖歌隊の恰好をして雰囲気を作ってくれるルシティカにもクリスマスの気分を味わってほしいんだけど…」

「ルシティカさんだけがクリスマスのプレゼントを貰えないのは不公平です
先輩!もう少しだけプレゼントについて模索しませんか?私もお手伝いしますので…!」

「マシュは優しいなぁ、流石俺の後輩!」

「わ、わわ…先輩…っ」

「貴方達は今日も仲睦まじい様子ですね、結構」

「あ、天草さん!」

「お邪魔してすみません。私のマスターの名前が聞こえ、つい関心がこちらに向いてしまって」



人畜無害そうな笑顔、そして真っ白なカルデアの床に反射する真紅の外套
今、現在立香達の頭を悩ませるルシティカのサーヴァントである天草四郎は悩める彼らへ救いの手を差し伸べる
天草から差し出された提案が土台となり、あれよあれよという間にとある計画が一夜以下の時間で建築を終えてしまう
所で、マシュと立香の元へ足を運んだ際、『私のマスター』と若干語彙を強調したのはわざとなのか、無意識なのか
──真意を見せない天草に苦笑を漏らしたのは彼のマスターであるルシティカと同じく、人類最後のマスターとなった立香だけが気付いた事である



「フォウ、フォフォーウ!」

「待って待って、フォウくん!道案内中なら、こっちも見てよ〜」



軽やかに高すぎないヒールの音を通路にまき散らしながら、ルシティカは目の前の白い獣を追いかける
聖歌を歌い終わった自分を招くように駆けだしたフォウ、そしてそんな彼を追いかけるルシティカ
ナーサリーライムがこの光景を目にすれば、きっと彼女は不思議の国のアリスの文章を読み上げるに違いない
昔の自分も体力があった方ではあるが、結構な距離を走らされても息切れは大人しいサマを見て自分の成長を感じてしまう
意識が違う方向へ向き始めたのを感じたのかフォウが再び一鳴き、この先は確か──



「フォウ」

「あ、ルシティカさん!フォウさん、ルシティカさんを連れてきてくれたんですね
お待ちしてました。中へどうぞ!」

「ほあ、マシュ?」



ルシティカが脳裏に描いた通り、フォウが招いたのは憩いの場でもある食堂
出会った頃には考えられない自然さでマシュに手を繋がられ、踏み込んだ先ではマシュがいれば必ずいるであろうと思っていた立香が「待ってたよ」と笑いかける
何だかそれが、家族の食卓のようでルシティカは胸を締め付けられるような感覚を覚えた


「ティラミス、クロスタータ…それからジェラート?私の好きなものばっかりだ」

「ルシティカの話を聞いてたら、食べてみたくなったんだ
ほら、後はクリスマスだし、ルシティカは色々頑張ってくれただろ?」

「私は、」



立香の言葉が眩しくて、その輝きが強烈すぎてルシティカはワンテンポ反応を遅らせた。―それとも困ったと言うべきだろうか
話を聞いていたから食べたくなった、なんてそんなのはこちらに遠慮させない為の優しさ。だけどそんな彼の優しさを無邪気に受け止める季節なんてとっくの昔に過ぎていて、
優しさを無下にしない為にはどうすればいいのか、色んな事を考えてしまう思考は大人になったというのなら寂しすぎる
手放しに受け止められなくなった温かさがそうして、自分の両肩にそっと注がれ、ルシティカの瞳が刹那―波に揺れる海を描いた



「ッシロウ!」

「マスター、日本人は謙虚さを美徳としますが…こういう場合はいつもの貴女らしくあるがままを受け止めて、笑えばいいんですよ」



両肩に置かれた天草の手が逃げようとするルシティカを押し止める
押し止めるという強さにも満たない天草の優しさ、一瞬口を噤み、ルシティカは自分のサーヴァントに背を押されるようにして立香へ歩み寄ってー晴れ晴れとした笑顔を浮かべた



「…ありがとう、リツカ!」

「どういたしまして!」



カルデアの通路に散る音が1つ、2つ



「何だろう、聖歌隊のお仕事は終わったのにもう1度聖歌を歌いたくなってきちゃった」

「楽しんでいただけたようで何よりです」

「故郷のご飯を食べて、教会に戻ったみたいで…
でもあの時とは違う。短い間だった筈のサンタクロースを信じてた小さな自分に戻れて嬉しかった」

「マスター、貴女に無茶ぶりをかけた私からの言葉で申し訳ないのですが
──いつもこちらの本心をも受け止める君の、本心を俺も受け止めてみたいと思う」

「─────っ」



言葉の熱も、そしてここ最近で垣間見える天草の素顔に感じた事のない熱をルシティカは覚えた
風邪で出てくる熱でなければ、この熱さを何と例えればいいのか、幼く無垢に『神様』を信じる彼女にまだ答えは出せない



「じゃ、あ…もう1曲だけ、歌うのに付き合ってほしい……シロウの為に歌うから」

「ええ。そんな言葉を聞いては無下に断る方が無粋というものでしょう?」



カルデアの通路に散らばって、空気へ溶ける言葉達
それはたった1人、告げるべき相手の心に温かな色彩を灯して満足そうに笑った