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スペル:トパーズ


いつの間にか料理を得意とするサーヴァントが主に取り仕切る様になった食堂
フォークで口へ運んだ生地から溢れた甘酸っぱいジャム、今は亡き故郷の味を思い出すルシティカの前でゆらり、赤色が揺れるもので視界はそちらへと引きつけられる


「それはタルト、でしょうか?」

「うん!良くシスターに作ってもらってたの、私が育った所ではクロスタータって言うんだよ」

「確か以前、ドクターからもお菓子を頂いていましたよね」

「ドクターも甘い物好きだし、私の知らないおいしいもの知ってるから良く喋ってる!」

「そうですか、マスターは甘い物も好きなのですね。よろしければ一緒に食べても?」

「え?あ、う、うん!どうぞ〜」



空いている席が自分の隣以外、他になくルシティカは慌てて天草が座れる様にと椅子を横へと動かす
椅子を詰めた事、ルシティカの食べているものを分け与えられた事全てを統合し、『ありがとうございます』−そう告げる天草の笑った顔は酷く穏やかだ


―何ていうか、


「シロウは…シロウの霊基、どこか可笑しくなったのかな…」

「え?!」

「前までと全然違うんだもの」



話題の中心にいる天草は現在、この場にはいない。カルデアスタッフの手伝いに書庫へ行ったそうだ
マスターを裏切った英霊として不信を抱かれた彼だが、元々の人のよさそうな性格が功を奏し、最初の頃の陰口に比べれば 今は全然マシだ。それは良い事なのだ
けれど最近の彼は変わった、その変化はルシティカにとって悪い事ではないのに彼の作ったものではない笑顔を見る度に胸がざわついてしまう



「えっと、確かに最近の天草さんは最初の頃に比べて変わったと私も思います」

「あ、マシュでもそう思うんだ。じゃあ私の勘違いじゃないんだね」



何がきっかけだろう。そうぼやきながらホットココアを飲むルシティカに対し、マシュは天草が変わった理由を薄々察している
ターニングポイントは間違いなく聖杯と天秤にかけられ、裏切られても尚 天草へ噛みついたルシティカの誠意が本物だと彼が知ってしまったからだ
あの場に自身のマスターである立香と共にいたからこそ分かる。あそこで挫けそうになる想い、足を奮い立たせた彼女の言葉は召喚当初から歩み寄ろうとしていた天草の胸を打ち付けたのだろうと


「これを機にどうでしょう。天草さんと色んなお話をされては?」

「シロウと?」

「はい!ルシティカさんはこの後、訓練の予定はなかった筈だと思いまして…
もし何かしらのお仕事がルシティカさんに周りそうになったら、私と先輩がお引き受けします」

「…リツカと二人っきりになる口実作りかな?」

「へ?!そ、そんな事は決して…!」

「あはは!嘘だよ!ありがとう、マシュ」



──でも今更、私は彼に何を話すべきだろう
天草へ話したい事は色々あった筈なのに、いざ話そうとするとどれを話題に出すべきかルシティカは分からなくなってしまう
寧ろ彼は自分の話を聞きたいと思うのだろうか?彼の導こうとする先は人間にとっては悪いこと、けれど純粋に人類の事を思っての積み重ねなのにそれを自分は邪魔しようとしている


―それに私は、生まれる必要性も与えられなかった


誰も私を愛してくれない、伸ばした手はいつも振りほどかれてしまう
だから『神様』へ願う事にした、私を愛してくださいと。人の祈りが行きつく万象の概念からの愛ならば世界に愛されているという事に、等しいから


「…マスター?」

「…はっ!」

「どうかしましたか?」

「えっと、その…教会から持ってきたアルバムを見てたら、少しだけぼーっとしてた」



自分では抱えきれないものがあると育った教会から持ってきた小さなアルバムを開く癖が、ルシティカはついてしまった
今もこうして無意識の内にマイルームから引っ張り出したアルバム、それを横に立つ天草が関心深そうに見ていると気付いたルシティカは思わずこう尋ねてしまった



「あの、良かったらシロウも見る…?」



彼と話してみたらどうか、と提案してくれたマシュの言葉に背中を押される形で尋ねたルシティカの言葉
今まではどんなに手を差し伸べてもやんわりと断ってきた天草はルシティカの隣から立ち去る様子はない、つまりそういう事なのだろう


「写真でも分かる程、綺麗な海ですね」

「でしょ!夏の暑い時期は良く教会の妹達を連れて、海に泳ぎに来てたなぁ」

「おや、マスターは泳げるのですか?」

「泳ぐ以外に遊ぶ事なかったからね。あ、でも泳ぐ以外だと歌を歌うのも好き!」

「そういえば、良く小さなサーヴァント達に歌っていましたね」



些細な一言の中に天草もルシティカにとって、何気ない風景の一つ一つにちゃんといてくれた事を知ってゆるゆると頬の筋肉が緩んでいってしまう
この世界に自身を生み出した親にも必要とされなかったのに、自分の存在を許してくれるのは『神様』だけだと知っているのに──天草と出会った事でこんなにも世界が変わっていく


「シロウにも故郷の海を見てほしいなぁ」

「今もこうして見ていますよ」

「写真じゃなくて現物だよー!」

「いえ、」



天草の金色の瞳がやけにきらきらして、眩しいくらいだというのに瞬きをする事が出来ない
ああ、そういえば──こっそりと教会から抜け出した時に見た、月光を反射させる真夜中の海もこんな風に


「海の写真を見た時から既視感を抱いていました
どこかで見た色だと思っていたのですが…マスターの瞳の色だった様ですね」

「…………?!」

「大丈夫。マスター、貴女の瞳には故郷の海の色が色あせる事無く溶け込んでいます
貴女も貴女が愛する故郷の一部に違いない、不安に思う事などありません。私もついています」


―本当に、シロウは変わった



今までなら胸にある歪な想いに気付いても、彼はただ静観していただけだったのに
天草四郎が変わっていく様にルシティカもまた、自分を自分とする為の『神様』という名のフィルターを外す時が近づいている