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4. 君はどこで涙を隠そうとするのか


ぼんやりと楪は空の果てへと今にも消えようとする太陽を見つめた


―あるじ、話がある


二日前の夕餉時に会話を切り上げた鳴狐、お供の狐を介さない本体からそう切り出され、身構えた楪に彼は修行へ行かせて欲しいと伝えてきた
確かに前回の円香との合同任務で修行道具は一式あるものの、突然で──否、突然だったのは楪だけで鳴狐自体はもしかするともっと前から考えていた事なのかもしれない
何が彼を修行へ駆り立てたのかは分からない、だが明日にも帰って来る鳴狐からその理由を聞かせてもらえるのではないか──



「あ、痛っ!」

「日向、今は補習中だろう!」

「う…ご、ごめんなさい」



そうだった、と楪はただ持っているだけで機能を果たしていないシャーペンと窓の外に向けていた視線を補習用のプリントに向かわせた
鳴狐だって今も修行の地で頑張っているのだ、自分も修行から帰って来た彼に見合うべく主でいる為に努力しなければいけない



「よし、今日はここまで!」



試験よりも長い時間を費やした補習に頭がもう限界だと楪は他の補習生に誘われたものの、寄り道をする事を選ばなかった
今日は前回の大阪城での任務の報告書を政府へ届ける役目がある。久方ぶりに書いた報告書、しかもまだ齢13の自分がまとめたもの、つき返されなければいいが



「ママ〜、パパ〜…どこぉ?」

「!」



──ふとシャーペンの芯がない事に気付き、大型スーパーマーケットに寄ると中央にある広場で泣いている迷子を見つけた
両親と来たと思われる迷子の泣き声に見て見ぬふりをして通り過ぎる人達、その中を縫って、迷子の方へと引き寄せられる楪が手を伸ばすと同時


「ここにいたのか!」

「パパ!」

「良かった…勝手に行っちゃだめだって言っただろう?
ほら、手を繋ごう。ママもあっちで探してるぞ」

「うんっ」



ああ、良かった。そう胸の内で呟く癖に何だろう、この胸の痛みは。胸を押さえていないと辛くて辛くて──泣いてしまいそうだ
泣いていた迷子も、その泣き声に見て見ぬふりをする人々、全部全部──自分だったのだ。ただ一点、帰り道で手を引いてくれる両親がいない事以外はあの子と自分は一緒だった
重苦しい胸を叩いてやって来た時の政府、楪が書いてまとめた報告書は突き返される事はなく、逆に褒めてもらう程の出来だったというのに楪の胸は晴れないまま
今日は早く帰ってしまおう、明日には鳴狐が戻って来る、きっとそうしたらこの胸のモヤも晴れて笑えるはずだ


「ねえ、聞いた?」

「ああ。あの話だろ?聞いた聞いた」

「誰も手を着けたがらない事案だったのに、民間の出なのに凄いわよね」



早く帰ろうと思っていた筈なのに、エレベーターホールへ降りた時に聞こえたその噂話に楪の足は止まってしまった
政府職員と思われる大人達はそこに楪がいるなんて知らずに噂話を感心した様子で語り合い続ける


「日向の襲撃事件、あれ酷かったわよね」

「まだあそこを中心に強力な遡行軍が形を顰めてたっていうのに、立花の審神者がやってくれたからなぁ」

「やっと生家を取り壊せるってわけね、これじゃ日向家は立花の審神者には頭が上がらないわね」



──何と言った?生家を取り壊す?あの家を?
良い事じゃないか、あんな忌々しい事があった家なんてない方がいいに決まっている。なのにどうして、どうしてこんなにこの胸はかき乱されているのか、楪には分からない



「──あるじ?」



シンと静まり返り、胸の奥まで冷えてしまいそうな静けさに包まれる本丸の奥から自分を出迎えてくれる筈の主が見当たらない
まだ帰っていないのか、と時計を見るも時刻は既に22時を回っている。幾ら帰りが遅いと言っても限度がある、それにどうしてか胸がざわめく



「…狐、鍵はあるか」



自分の取り越し苦労であればそれでいい、もしかすると自分がいない寂しさから現世の友の家に泊まっている可能性だってある



「鳴狐、ありません!持ち出されています!!」



その一言で自身の主がどこへ行ったのか、何があったのか把握出来た鳴狐は本丸を飛び出す
雨が降る中、傘も差さずに真新しい装束が汚れる事も厭う暇も今の彼にはなかった