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3. 音もなく胸に宿る炎の名は



「鳴狐、本当に大丈夫…?菱川先生に無理を言われたんじゃ…」

「ご心配なさらず、あるじどの!これは鳴狐のまことの想い、そうですよね?鳴狐」

「うん」



今日も雨が降る本丸の入り口で待ち人を待つ楪は、しきりに今回の鳴狐からの申し出に無理がなかったかを確認し続ける
確かに最初は己が主の主治医からの提案が切っ掛けだが、最終的に大阪城へと出陣する事を決めたのは鳴狐自身。そこに無理も強制もないのだ
今回の特殊任務へ鳴狐を出陣させる事を決断するのに数日を有した中で、楪もあの申し出が鳴狐の本心である事には気付いている筈だった



「──あ」

「お待たせしちゃったわね」



その人を初めて見た時の感覚が楪へ蘇る
名字の一字へ組み込まれた色を瞳へ宿し、その女性の怒った所なんて想像できない程に柔らかな輪郭と全体を整える様に背中へ流れる黒髪──大和撫子と言われるに相応しいひと
その名を桜庭円香と言う、日向と同じく審神者の家系で名家と言われる桜庭の家から久しく出てきた女性の審神者だ


「お久しぶりです、円香さん!今回はお力添え、ありがとうございます…!」

「いえいえ、いいのよ。大勢で行く方がピクニックみたいで楽しいでしょう?」

「主、我らはこれから戦場に行くのだぞ」

「まあまあ、そんなに目くじら立てなくても。えーと…旅行丸?」

「膝丸だ!兄者!!」



楪が円香の誇る第1部隊を率いる源氏の兄弟刀──膝丸と髭切に会うのはこれで何度目かである、どうやら相変わらず兄の方は弟の名前を憶えていない様だ
このやり取りは嫌という程に本丸で見ているであろう円香だが、二振りのやり取りを見て絶えずに微笑んでいる。それは混成部隊へ指示を出す時にも変わりはない


「先に私の本丸の刀剣達には話した通り、今回は彼女の刀剣男士を交えての合同調査
これで合同調査は何度目かになるけど、連携を取りつつ先へ進んでちょうだいね」

「傷を負った場合、疲れた場合はすぐに言ってください
我慢すれば、隊全体の戦力や士気に関わります。一人の責任ではなく、全員の責任となる……そこを重点に置いてください!」

「じゃあ、行ってらっしゃい」

「ああ。主、君へ勝利を必ず持ち帰ろう」

「うんうん、気力があるのは良い事だね。僕も頑張るとしよう」



円香と髭切、膝丸が話している横を通り抜け、楪は大阪城がある歴史へと飛ぶ為の身支度を再確認する鳴狐の元へと走った



「鳴狐!」

「…?」

「これ、お守り!鳴狐と狐さんを守ってくれる様にお祈りしたんだよ?」

「おお…これさえあれば、鳴狐は十人…いや百人力!」

「…ありがとう、主」

「ううん!」



楪から受け取ったお守りへもう1度目をやる、強くも清い祈りと願いが織り込まれたそれからは強い霊力を感じ取れる
間違える筈もない、この霊力は楪に他ならない。これがある限り、例え大阪城へ楪がいなくともすぐ傍に主を感じ取れる事が出来るだろう
つまりは離れていても一緒というやつで、嬉しさを噛み殺す鳴狐と彼の手に頭を撫でられ、嬉しそうに頬を紅潮させる楪を見て円香はあらあら、と微笑ましい様子で呟いた


「いつ見ても楪ちゃん達は可愛いわね、見ていてほのぼのとするわ」

「あれは緊張感がないと言うのではないか?」

「あらあら…もう酷いわね、膝丸は」

「そうだねぇ、幼子の健気な見送りを無下にする事なんて君には出来るのかい?」

「う…っ」



主である円香と兄である髭切に圧せられ、膝丸は決して敵の前では見せない狼狽えた姿を見せた。仲間ですらも貴重なその姿は円香達にとっては日常茶飯事
しどろもどろになる膝丸の様子を見つめ、「ここにも可愛い子がいたわね」と円香が穏やかな笑みを深めた


《わあ…膝丸さん、凄い!強い!》

「これくらい、源氏の重宝である俺と兄者ならば容易いこと」

《ちょうほ…?》

「平たく言うと貴重な宝物、という意味だ」

《なるほど!》



大阪城へ出陣してから、早くも数時間が経つ
そろそろ部隊内でも疲労状態の者が可笑しくない中で魅せた膝丸の切れ味に興奮した様子で彼へ語り掛ける楪に、膝丸もまんざらではない様子で会話を続けている


「……」

「他人に嫉妬なんて良くないよ」

「…!」

「鬼になっちゃうからね」

「髭切殿、鳴狐をあまり驚かさないでくだされ!危うく抜刀する所でした!」

「おお、怖。それは気を付けるとしよう」



この通路の暗がりで一際に際立つ髭切の様相を見送ると鳴狐は無意識で握っていた本体の柄から手を下ろす。本当に後少しお供の狐が声を上げなければ、髭切へ切りかかっていた
鳴狐?とお供の狐が自分を呼んでいる、身近にいる狐でさえも分からなかった親し気に楪と語り合う膝丸への嫉妬心
殆ど出陣が出来ない楪にとって、戦いは新鮮なものと分かっている。だが──自分とて出陣であれ程の活躍で誉を奪い取ってみせよう