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0. 上手なさよならは出来ないまま


政府から支給されたスマートフォンのアラームが、セットされた時間通りにその部屋で鳴り響く
もぞもぞと一つ敷かれた寝具の中から出てきた小動物は器用に、前足でアラームを解除すると同じ寝具を共にしていた少女が目を覚ました瞬間に声をかけた



「おはようございます、あるじどの!」

「ふあ……おはよ〜…狐さん」

「大きな欠伸でございますねぇ」



しとしと、と梅雨時でもない本丸に降り続く雨粒が屋根を伝い、落ちてくる景観の中を身なりを整えた楪と狐が歩く
人影が彼女らのものしか存在しない、大きな本丸の中を楪が床を踏みしめる足の音だけが反響する。そんな彼女達の進行方向の奥より、ここで初めて楪以外の人影が現れる


「……」

「あ、おはよ〜!鳴狐」

「やや、鳴狐!わたくし、しかとあるじどのの朝のご用意のお手伝いをしましたぞ〜!」

「…あるじ、時間が迫っているぞ」

「ゆっくりし過ぎた…!」



用意してもらった朝餉を食べるスピードはそこそこに、食する楪とそれを見守る鳴狐と彼のお供の狐
今朝は鳴狐に食事を作ってもらっているが、この本丸では彼と彼の主である楪で当番制という形で掃除や食事の用意を担当している



「あるじどの、鳴狐から貰った組紐はちゃんと持ちましたか?」

「うん!大丈夫!ちゃんとつけてるよ」



現在の時刻は朝の8時20分を過ぎたころ。楪は24時間本丸にいる訳ではなく、まだ13歳という彼女はこの本丸の主でありながら、学生でもあった
鳴狐が直々に編んでくれた組紐をブレスレットの様に結び付けた右の手首を見せる楪、これがないといざという時に鳴狐を呼び出せない、GPSの様なものだ



「じゃあ、行ってきまーす!」

「…気を付けて」



現世にある学校へ向かう楪を見送り、鳴狐は静かな本丸に唯一の環境音として聞こえる雨音に耳を傾け、厚い雲が覆う空を見上げた
この雨が降り続けて何年になるだろう、”あの日”から幾日が経ったのか――



「雨はまだ止みませんねぇ…」

「…そうだね」