茜色に滲む | ナノ
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初音が遊矢と接触を計ってから早くも一週間が経った。その間に彼女は遊矢だけでなく警戒心が強いアユ達とさえも打ち解け、晴れて遊勝塾の仲間となっていたのだが、柚子は浮かない顔をして帰路についていた
今まで遊矢に近付いて来る人間といえば、彼の父を嘲笑う者か、その責任を擦り付けて罵倒する者達が多かった。そんな中で遊矢自身と向き合った上で友達になりたい、と言ってくれた初音は優しい人間なのだろう。けれど感情が読みとれない分、少し不気味で柚子からしたら近寄り難い人間でもあった
これから、初音が塾にやって来る比率が多くなってくるのならば慣れなければならない事。だが今まで交流した事のない人種をどう相手すれば良いのか、悩んでしまう。来ないで欲しいとは言えない、そんな事を言ってしまったら、遊矢やアユ達が悲しむ事になるし、と一人で悩んでいる時だった、許し難い声が耳に入って来たのは


「この塾だろ?榊遊矢がいるのって」

「ああ。確か、ペンデュラム召喚っていうのも嘘っぱちだったんだろ?」


どうやら、声の主は自分が目的地にしている塾の前に立つ少年二人の様だ。その顔は先程、柚子が思い描いた遊矢を嘲笑う人間像とピッタリ当てはまる嘲笑が浮かんでいる
自分が小さな頃から守って来た大切な幼馴染みが侮辱されているのは、自分もバカにされているのと同じ事。体格差も気にせずに柚子は勇ましく、未だに下品な笑い声を上げる少年達へ挑んでいった


「ちょっと!」

「あん?何だよ、お前」

「ここの塾長の娘よ!誰が卑怯者の息子ですって?
遊矢の事をそんな風に言う奴は許さない!今の言葉、撤回して!」

「うるせぇな…引っ込んでろよ!」

「きゃっ」


どうやら、柚子が少年達の言葉を不愉快に感じた様に少年達もまた、柚子の言葉を不愉快に思った様で柚子の華奢な体を後ろへと突き飛ばす。幾ら少年と言えども、大の男に手を下されては柚子にも為す術はなく地面に転がるものと思われた
突き飛ばされた際に瞳をきつく閉じ、微かな衝撃を感じたものの思った程ではない。流石に可笑しいと感じ、目を開けた柚子を待っていたのは固い地面の感触ではなく、先程までの下品な笑いを止め、惚けた様に彼女を見る少年達二人の視線だった。彼らは柚子を見ている訳ではない、その背後にいる人物に釘付けとなっている様だ


「あ…」

「…大丈夫?柊さん」


柔らかな日差しを思わせる声に柚子は聞き覚えがあった。自分はまだあまり喋った事はないけれど、遊矢とその声の主が談笑しているのを塾で何度も聞いた事があったから、柚子はすぐに誰が自分の身を案じているのか気付く事が出来た
だがそれにしては異様に距離が近い。何故だろうと声の主を探そうと振り返るとすぐに身に纏う青色の制服と同じ、些かその色よりも透明度がある青い瞳と柚子の瞳がぶつかる。何故、近い距離から声が聞こえて来たのか、それは初音が突き飛ばされた柚子を受け止めていたからだった


「何だ?お前も卑怯者の仲間か?」

「…女の子を突き飛ばして、怪我をさせるかもしれないと考えなかったの?
人を中傷する様な事も言ってたよね、それらも含めて…謝りなさい」

「はあ?」

「突然、横から入って来て、何言ってんだコイツ
卑怯者の息子って本当の事を言って、何が悪いんだ!」

「そう…ここまで言っても改めるつもりはないんだね…」


学校帰りにこの件に巻き込まれた柚子と同じく、初音もまた学校帰りだった様だ。そんな彼女が学校指定の鞄から取り出したのはデュエルディスク、決闘者なら物事をデュエルでつけようという考えなのだろう。表情に変化はないが、心の中では遊矢を中傷し、柚子を傷付けようとした彼らに怒りを覚えているらしい
幾ら彼女が《戦乙女の原石》と呼ばれる程の腕を持つ決闘者だとしても、相手は少年二人だ。バトルロイヤル形式となれば、二人分の攻撃を一人で何とかしなければならないーそうなれば、初音と言えども苦戦するかもしれない。その事実に溜まらず柚子は気付けば、彼女の名前を呼んでいた


「小鳥遊先輩…っ。無茶しないで!」

「小鳥遊…?小鳥遊って、あの小鳥遊初音?!」

「おい、やべーぞ!勝てる訳ねぇ!」


デュエルディスクを構えた初音を薄ら笑いを浮かべ、見ていた少年達は柚子が叫んだ初音の名前を聞いた途端に顔色をさっと変え、怯え始めた。どうやら彼らもどこかで彼女の名前をその実力と共に耳にいれた事があるらしい、同時に自分達がどう足掻いても叶う筈のない相手だという事が分かっているという顔だ
さっきまでの威勢はどこへやら、少年達は初音とデュエルして勝てる筈がないと分かっているからこそ、無謀な挑戦はしてこなかった。逃げろ、という一言を置き土産に少年達は退散してしまった。その場に残ったのは少年達の見事な逃げっぷりにきょとり、と瞳を瞬かせる初音と柚子の両名


「残念」

「あの、ありがとうございました」

「ううん、怪我はない?」

「は、はい。…っ!」


ちゃんと初音に近付き、もっとしっかりと助けてもらったお礼を述べようと柚子が一歩足を動かした時、それは彼女の体に駆け巡った。ズキズキ、と軋む様な痛みは左足首から走っているものの様だ、きっと初音に助けてもらった時に足首を変な方向に動かしてしまったのだろう
痛みに顔を思わず歪めてしまった柚子、しまったと思った時には初音が彼女の異変に気付いた後だった。これ以上、自分の事で変な心配をかけさせたくない、気付かないでいて欲しいという柚子の祈りは初音の前で無情にも届かずに消えた


「…もしかして、足捻った?」

「っ…」

「…はい」

「え?」


どうしよう、とまた余計な心配をかけさせてしまうと後悔の念に駆られる柚子の前で初音が行動を起こしたのはその時だった。同じ様に華奢な体を折り曲げ、柚子の前に背中を見せる初音。これはどういう事だろうと初音の背中とその横顔を見比べる
一体、初音は何を自分にしようとしてくれているのだろう。否、本当はその行動の意味を柚子は分かっていたのかもしれない、けれどそんな事をしてもらう謂れがない為に初音の口からちゃんとこの行動の理由を聞きたかったのかもしれない


「柊さんくらいなら、おんぶできるから」

「そ、そんな!先輩におんぶさせるなんて…私なら大丈夫だから!
少しここで待ってれば、すぐに良くなるから…」

「だめ、ちゃんと手当しないと長引くよ」


結局はいつになく強情な初音の言葉に折れ、背負われた柚子を遊勝塾に送り届けると初音はまた塾を出ていってしまった。捻った柚子の足を手当しようとしたのだが、運悪く湿布がなく、動けない柚子に変わって薬局に向かったのが理由だ
塾が開く前の時間という事で父もどこかに出ていってしまっている、それに加えて初音がいない事もあって、柚子は現在塾に一人。ソファに座らせられた彼女の足には捻った部分を冷やす為に保冷剤とそれを縛っておく為に使っている赤いスカーフ、それは初音の制服のもの
湿布を買いに行くと初音が言った時もそうだった、自分の為にそこまでしなくてもいい、そこまで言うなら自分で行くからと言っても、怪我人にそんな事させられないと聞いてくれなかった。少年達の遊矢を中傷する言葉、柚子を傷付けようとした時と同じ様に彼女は心の底から自分の怪我を心配してくれているようだった


「…ただいま?」

「あ、お帰りなさい!」

「足、どう…?」

「まだちょっと。でも冷やしてたら、さっきよりは…ってそれは?」


先程の押し問答を思い返し、この状態の初音には何を言っても無駄だと早々に理解した柚子はスカーフと保冷剤を退けて買って来た湿布を自分の足に貼る彼女の様子を眺めていた
細い指だ。その手でデュエルをすれば、さぞや映えるだろうと思う程に。その手が離れるのを些か名残惜しく思うが、柚子の意識は初音の指先から彼女が買って来たビニール袋に向かう
湿布だけを買って来たと思われたが、それにしてはビニール袋が大きい。目を凝らしてみると中には卵や牛乳、パンといった食料品が入っているようだった。何の為に買って来たのだろうか。到底、怪我には関係ないものと思えるが


「お昼ご飯にと思って」

「そっか、もうそんな時間なのね…私も何か食べるもの、あったかしら」

「…柊さんも、どう?フレンチトーストを作ろうと思うんだけど…」

「え?で、でもそれは小鳥遊先輩が自分で買って来たものだし…」


なるほど、初音一人で食べる分にしては多過ぎるようなと思ったが、自分ー柚子の分も頭数にいれてくれていたらしい。だがそれは初音が自分のお金を払って買って来たもの、それを受けるには抵抗がある
自分の分は自分で用意するからとやんわり断ろうとする柚子の言葉を耳に入れながらも初音は以前に聞いていた、この塾に設置された台所へと向かう。柚子が座る所からも見える台所で慣れた手付きで調理の準備をする初音、その手付きからするに良く家で調理をするのだろうか


「気にしないで。元々、柊さんと食べようと思って買って来たものだから
それに怪我をした時は甘いもの、って言うんでしょう?」

「それ、多分疲れた時は甘いものの間違いだと思うわ」


そうなの?と卵を持って、首を傾げる初音の年上とは思えない姿に柚子は思わず苦笑。少年達へ凛然に挑もうとした人と同一人物とは思えない程に隙だらけでどこか心配になってしまう
遊矢や柚子達を傷付けようとした少年達に単身挑んで行く勇猛果敢さ、そして足を捻った柚子を歩かせる事をさせまいと自分の意志を曲げなかった強情さ――今日だけで初音の色んな面を見た気がする


「あの、ありがとう」

「…お昼ご飯の事?」

「それもだけど…この場合はさっきの人達から助けてくれたこと
後…遊矢の事を庇ってくれたでしょう?その事に対するありがとうを言いたかったの」

「…柊さんは榊くんが自分の事の様に大事なんだね
それで男の子達の言葉を止めようと行動に移った事、素晴らしいと思うよ」

「えっ。ま、まあ幼馴染みだから…」


確かに自分が権現坂と同じ様に遊矢の事を大切にしているのは事実だ、けれどそれを改めて他人から言われるのはこそばゆくて。気のせいだろうか、柚子が頬に熱を集める姿を見て、初音が和んでいる気がする
まるで初音の手の上で転がされている様な感覚。そんなつもりは彼女にはないのだろうが、真正面から褒められるというのは中々に恥ずかしく、これまた胸がくすぐったくて仕方がない


「あ、その柊さんって止めて?何だか慣れなくて…」

「……じゃあ…柚子、ちゃん?」

「うん、これからもそう呼んで?初音!」


思いがけず初音の色んな面を目の当たりにして分かった事、それは彼女は親しい人達を傷付けられる事に黙っていられない、そして言葉には出さない優しさをたくさん持った人だということ
少し不気味で近寄り難い人、と少しでも思った事を初音に謝罪したい気分だった。けれどそれすらも当然の事だと彼女は受け流すのだろう、それが少し悲しくて。遊矢や自分と関わって行く内に変わって欲しいと願う
あの少年達の言った事は許せないが、初音に一歩近付けた事には少しだけ感謝してもいいかもしれない、と少し自分の言葉に戸惑った様子の初音に笑顔を柚子は向けた


赤い糸は恋愛だけにらない

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