茜色に滲む | ナノ
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▼ 2-1

真っ赤というには淡い、橙色の世界がその記憶を思い出すと先ず最初に出てくる。あれはまだ自分の父が失踪する以前、家族三人が揃って充実していた年の頃
榊家から徒歩数分の距離にある公園で今よりも幼い遊矢は夕方と共に途方に暮れていた、ゴーグルをかける事さえも忘れ、必死に何かを探す少年の眉は情けなく垂れ、大きな瞳からは大粒の涙が途切れる事なく溢れてくる


『何か、さがしもの?』

『っ…?』


残念な事にその人の顔というのは眩い夕日の逆光のせいで掻き消され、記憶にない。ただ一つ覚えている事は高すぎない、繊細な調整を施された少女の声色。寝る寸前に聞いたら、子守唄代わりになりそうな穏やかさを孕んだ調子
探し物が一向に見つからずに不安だけが悪戯に大きくなるのに加え、幼少期の人見知りの激しさが災いして、遊矢はその少女の前に怖じ気づいてしまう。今、思い返せば、恩人に対してそれがどんなに失礼なものだったかと分かったのはこの後の事を知っているから


『あ、それ…!』


少年の警戒心がそれを視界に捉えた瞬間、魔法にかかったかの様に綻びていく。その手に握られるものがキラリと遊矢に存在を主張する
それは自分が今まで草の根を分けながら探し続けていたお守り、ペンデュラムのペンダントに他ならない。やっとの思いで探し出したペンダントはまるで、闇夜で輝く一番星の様に真っ暗だった心を光で満たした


『これをさがしていたの?』

『う、うん…ずっとさがしてて、見つからなかったんだ』

『そんな大事なものはちゃんと身につけておかないと』


母親に抱きついたり、一緒にいる時に感じる安心感にも似た、優しい香りがふわりと遊矢を包んだ。どうやら少女が遊矢の首にペンダントを垂らす為に近付いた事で生じたらしい
幼いながらに遊矢はその時になって漸く理解した、目の前の少女の目的を。少女は持ち主である遊矢よりも先に落とし物のペンダントを拾い、この公園でその落とし主を捜していたのだろう。夕方になってペンダントを落とした事に遊矢は気付いたが、それよりももっと早くに落としていたとしたら――少女が使った時間は途方もないものとなる
ペンダントを届けてくれたのに自分は失礼な態度をしてしまった、と申し訳ない。けれど少女はそんな事も構わずに遊矢の首から揺れるペンダントを満足そうに見ていた…と思われる。時間が経つにつれ、逆光は増々少女の顔や体を暗闇で塗りつぶし、彼女に関する記憶を蝕む


『もう、なくしちゃだめだよ?』


「…遊矢?最近、どうしちゃったのよ
ぼーっとしてたり、さっきだって居眠りしたり…そんなにペンデュラム召喚の訓練、息詰ってるの?」

「そんなんじゃないけど…少し気になる事があるっていうかさ」

「気になる事?」


今頃になって、あの日の出来事を思い出したのかは分からない。あんな夢を見なければ、思い出す事もなかった様な忘れかかっていたものをどうして、今頃になって
原因を考える為に頭を巡らせるとやはり、先週の事がまず思い返された。顔も覚えていない少女が自分にペンダントを届けに来てくれた日と同じ夕暮れ、そして――女性に見間違えそうな程に大人びた少女


「なあ柚子、柚子は舞之海原って聞いたら、どんなイメージが思い浮かぶ?」

「えっ、舞之海原ってあの舞海の事?そうね…舞網にある高校の中でもダントツで頭の良い学校と思うわ
高い偏差値でも毎年受験生が殺到して、その中でも一握りくらいしか入れない…本当のエリートが通える高校でしょ?私だけじゃなくて、皆そう思ってると思うけど…それがどうしたの?」

「いや、ちょっと知り合いっていうか…通りすがりの人が舞海の制服着てたから気になったんだ
また会いたいんだけど、そんな感じだから名前も知らなくさ…流石に会いにいけないよな」

「オープンキャンパスでもないのに高校に中学生っていうのはね…しかも舞海だと警備も厳しい筈よ」

「だよなぁ…」


会いたい人間の名前も分からなければ、呼び出す事も叶わない。また会いたいと強く願う遊矢の気持ちとは裏腹にあの日出会った人との再会は実現出来ずに遠のくばかり、やはりあの日ばかりの縁だったのかと薄く心に靄がかかり始めた
一度だけでも心に靄がかかり始めれば、ゆっくりと下っていくばかりだ。今日見た夢の中で思い出した少女の時もそうだった、名前も聞けずに彼女が立ち去った日を最初で最後に二度と会う事はなかった。どんなにあの公園で待っていても、もう二度と
もしかすると今日、あの夢を見たのは今回も舞海の上級生と再会するのは諦めろという啓示だったのかもしれない。けれど夢の中で会った少女との再会を諦めたからこそ、今回は諦めたくなかった。もう一度、あの人と会いたい。名前を知りたい……改めて遊矢は自分の中にある強い想いを認識した。今回は諦めたくない、探し出すのだ


「柚子おねえちゃーん!」

「アユちゃん!それにフトシくんにタツヤくんも!」

「お前達、迎えに来てくれたのか?」

「うん!皆で遊矢にいちゃんたちを迎えに行こうって思いついたから」


校舎から出て来た遊矢達を見つけ、飛び出して来たのは遊勝塾の数少ない塾生の三人。その三人の中での紅一点であるアユにフトシ、タツヤの小学生達だ。この三人と遊矢に柚子をいれれば、これで遊勝塾の塾生は勢揃いとなる
小学生の時間割とは違い、長めの時間を有する中学生の遊矢達は塾で学ぶ時間も休日に比べれば少ない。だからアユ達にとってはこうやって立ち話する時間すらも惜しい、真っ直ぐに塾へ二人を来させる為にこうやって迎えに来たのだろう。自分達を囲い、早く早くと服や腕を引っ張り急かす姿が何とも可愛らしい


「早く塾に行こうぜ!今日も痺れるようなデュエルがしたくて、ウズウズして仕方ねーよー!」

「はは、分かった分かった」

「あ、待って!その前に遊矢おにいちゃんに会いたいって人が来てるの」

「俺に会いたい人?」


ああ、そうだった!と再び校門の方へ走っていくアユ達の背中に首を傾げ、遊矢と柚子はお互いに顔を見合わせる。わざわざ中学校にまで来た 遊矢に会いたい人、というのは一体誰なのか。ストロング石島戦を結びつけたニコだったら、アユ達が名前を出さないのは可笑しい。かと言って、その他の人だとすると誰なのか見当はつかない
そうやって先程まで遊矢達にしていた様にアユ達に囲まれて来た人物にあ、と授業中の居眠りが見つかった時とは違う発音でそうこぼした遊矢は目を見張る。彼の隣に立つ柚子からも呼吸が止まったのを感じられた
ふわり、と風に揺れる黄金色の稲穂の様な髪は胸元までの長さだろうか、澄んだ海の様な瞳色と同じくする制服がまるでその人が着る為に特注品として作られた様に良く似合っている。スラリと伸びた足の細さから見るに服の下に隠された体自身もきっと華奢なのだろうと連想させる


「こんにちは。…また会えたね、榊遊矢くん」


その人に出会えた瞬間、遊矢の目や耳から世界が消えた。目はその人しか映らず、耳はその人の声以外の雑音を全てシャットアウトしてしまう、まるでこの世界でたった二人っきりになった様な感覚
心の奥底から沸き上がる衝動になりふり構わず、思わず泣いてしまいそうだった。また会えると思ってみなかった人との再会に覚えた感動に打ち震える。彼女が会いに来てくれた事を一瞬、夢だと疑うが騒がしい心臓の存在が夢ではないのだと、その疑いを晴らしてくれた
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