茜色に滲む | ナノ
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「《氷結界の舞姫》の効果発動!1ターンに1度、手札の「氷結界」と名のついたモンスターを任意の枚数見せる事で相手フィールド上にセットされた魔法・罠カードを見せた枚数分だけ持ち主の手札に戻す!
オレの手札の「氷結界」は《氷結界の決起隊》と《氷結界の軍師》が2枚、よってセットされた2枚全てのカードを戻してもらう!」

「…!」



休日という事もあって、賑わうデュエルコートでは小規模の大会が開催されており、その中に初音の姿も見られる。彼女が上り詰めた決勝戦で同い年程の少年と繰り広げる激闘は人々の熱視線を集めていた
相手の攻撃を防ぐ為にも伏せてあった手を失った初音はこのまま、動かない訳にも行かずに自分の場に存在するシンクロモンスター・椿を飛び立たせる。彼女が狙うは場に散らばる、逆転の一手だ



「初音ねえちゃん、がんばれー!」

「負けるなー!」



この大会に初音が参加すると聞きつけた遊勝塾のメンバーは彼女の応援に駆けつけていた、彼らの声援が聞こえているのか否か、初音はここで攻撃を受ける訳にはいかないと行動に熱を込めていた
遊矢達が見守る中で初音はアクションフィールドである草原に巨大に聳える塔内部のあちこちに取り付けられた窓辺に逆転の一手であるカードを見つけ、それに手を伸ばそうと椿と共に空を駈ける



「アクションカード狙いか!やらせはしない!《氷結界の虎将 ガンターラ》で《真・天女兵装 椿》を攻撃!」

「っ…!」



初音がAカードを手にし、その効果を発動するよりも早く相手のエースとも言えるモンスター・ガンターラの攻撃を受ける椿。椿の攻撃力は2100、対するガンターラは2700――計600Pのダメージが初音に加算される事となる
空に投げ出され、塔の外部に広がる草原へ受け身を取る暇なく墜落した初音がぴくりとも動かない事を理由にデュエルコートは静まり返った…と思いきや、次の瞬間には観客席はざわめき始めた


「初音おねえちゃん、大丈夫だよね…?」

「で、でもさっきしびれるくらいにすごい音がしたぜ…」

「遊矢…初音、大丈夫よね?」

「あ、ああ。初音先輩なら…きっと」



嫌な予感をさせながらも、柚子達と共に遊矢は倒れたままの初音を見つめる事しか出来ない。何も出来ない自分を歯痒く思いながらも、彼女が再び立ち上がってくれる事を願う事しか、実質今の遊矢には何もする事が出来なかった
対峙する対戦相手さえもどうすればいいか分からない状況と混乱の中を収める事が出来るのは、彼女一人だけ。早く無事なのかを確かめたいという願いに応じ、立ち上がる姿に上がる感嘆の声に混じって、遊矢もひっそりとその無事を安堵の溜息で迎えた



「あ、あのごめん。オレ、そんなつもりじゃなかったんだ…」

「…大丈夫、《真・天女兵装 椿》のモンスター効果発、動……」

「初音先輩っ!!!」



立ち上がって数十秒の事だった、その場にデュエルディスクからカードを引く構えでとうとう崩れ落ちた初音は先程の様な勇姿を再び観客に届ける事はなかった
続行不能という判決を下されたコートのフィールド魔法は解かれ、直ぐさま医療班がコート内の初音へ駆け寄る。意識がないと確認された彼女は担架によって、場外へ。このまま、初音の身は病院へと運ばれる筈だ


「っ…」

「あ、遊矢!どこに行くの?!」


ー初音先輩…っ!


背後から響く自分を引き止めようとする声も振り切り、コートの外へと遊矢が飛び出した先では丁度辿り着いた救急車が搬送者である初音を乗せ、発進した所だった。小鳥遊グループの令嬢ともなれば、処置も迅速だ
救急車を見送るスタッフに駆け寄り、遊矢は直ぐさま初音がどこの病院へ搬送されたかを訪ねる。最初は部外者にそんな事を教えられないと突っぱねられたか根気強く聞いたおかげで彼女がどこに搬送されたか、聞く事が出来た



「あの高さから落ちて、これだけで済んだのは奇跡だと」

「…そうか、入院期間はどれ程になると?」

「医者の見立てだと、1ヶ月程を予定しているとの事です」

「…?」


初音やその家 小鳥遊グループお抱えの病院というのは舞網市で高い評価の系列の私立病院で遊矢も聞いた事のある有名所だった、外装もさることながら立派な内装に気後れしながら、廊下を進んでいく
受付の人間に尋ねた初音の病室は個室らしいが、部屋に近付くにつれて話し声が聞こえて来た。その話し声というのは、運ばれて来たばかりの初音の声ではないらしい。開かれたままの病室を覗くとそこには見知った顔が初音を見守っていた


「アンタ……赤馬零児?!どうしてここに…」

「…君か、榊遊矢」

「初音先輩の具合は?大丈夫なのか?」

「命に別状はない、ただ当分は病院暮らしを余儀なくされる様だ」

「そっか、よかった…」



命に別状はない、という零児の言葉を受けた遊矢は漸く安堵の息をつく事が出来た。今、思えば、この状態で立ち上がり、デュエルを続行する事は無茶だったのだ、何が彼女にそんな無茶をさせたかは分からないが
その無茶が体に祟る事がなかったのが、素直に嬉しかった。初音が好きな、心が唯一反応してくれるというデュエルが出来なくなって、落ち込み、更に心を閉ざす姿は見たくなかったから
部下と思われる男性と病室を出ようと零児は踵を返す、彼は若くしてLDSの社長の座につく男だ。初音に付きっきりという訳にはいかないのだろう、本当はその傍に目が覚めるまでいてやりたいと思ってもだ



「起きるまでいてやらないのか?先輩の幼馴染みなんだろ?」

「…いてやりたいのは山々だが私にも用事があってね、後は君に任せるとしよう」



その言葉通りに後を託された遊矢と未だに眠り続ける初音だけが病室に残される、とても静かな病室だ、遠くで看護士や医師が検査や診察に来る人達の為に足早に動く音が聞こえる
静かに眠る初音はあどけない表情で眠っている、いつもは凛然とした表情でいる彼女には珍しく実年齢よりも幼い顔だ。早く目覚めてほしいと思う一方でゆっくり休んでほしいという思いが交錯する


「ん…」

「!初音先輩っ」

「…榊、くん?…デュエルは…?デュエルは、どうなったの…?」

「え…えっとデュエルは中止になりました、先輩が倒れたから…多分勝敗は決まってないんじゃないかと」

「…そう」



大会で初音が倒れた時から遊矢が感じていた違和感はこれだ、彼女は自分の体よりもデュエルというものを大事にしている。高い位置から落下した体を厭わずにデュエルを続行しようとしたのがその証拠だ
それが遊矢にとっては悲しく感じるものであった。デュエルは自分や相手、ひいては観客を笑顔にするものーそれなのに、あんな無茶をして自分で自分を痛めつけた初音の行いを遊矢は無視する事なんて出来なかった


「さっきのデュエルの時から可笑しいと思ってたけど、やっぱり可笑しい
先輩がそこまでデュエルを優先する理由って何ですか?普通は自分の傷付いた体よりも優先するものなんてない筈なのに、どうして…」

「…ううん、違うよ榊くん。」

「え?」

「私にとって一回一回のデュエルは全て特別なものなの。全部、一度切りの特別な戦い、経験。今回のデュエルだってそうだった
だから私は無理をしてでも…さっき挑んでいた相手の子とのデュエルをやり遂げたかった」

「でもそれで万が一、体に残る様な大怪我をしたら!初音先輩が決闘者として活躍できなくなったら俺、そんなの見てられない…
柚子や権現坂達が怪我をするのも嫌だけど、初音先輩が怪我をしたり、苦しんでいる姿を見るのはもっと嫌だ。だって先輩は俺の…」

「…?」



だって先輩は俺のーその言葉の続きが紡がれる事がなかった事について、いつの間にか起き上がっていた初音は何故、遊矢はその言葉を自分に言ってくれないだろうという疑問で首を傾げていた
対する遊矢にも分からなかった、自分が何を言おうとしていたのか、どんな言葉を続けようとしたのか。けれどこれだけは分かる、自分はとても恥ずかしい事を言おうとしたに違いない、そう自覚した彼の顔はみるみる内に紅潮していく



「〜っし、失礼します!ゆっくり休んでくださいね!」

「あ…」



先程の柚子と同じ様に初音が引き止めるよりも早く、遊矢は逃げる様に病室を飛び出してしまった。一体、彼は自分に何を言おうとしたのか…きっと次来た時に聞いても教えてくれない気がしたのは気のせいではないだろう
一方、逃げ出した遊矢はずるずると廊下の壁伝いにその場に座り込んでしまう、じろじろと変なものを見る様な視線を感じるが今の自分は顔を上げる事は出来ない。暫くは、この紅潮した熱が治まるまではこの姿でいさせてほしかった



「何言ってんだ、俺…というか何て言おうとしたんだよ…
…俺、もしかして初音先輩の事が好き、なのかな」


少女である要性を問う

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