茜色に滲む | ナノ
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「…?」


休日の早朝、日課のジョギングに励む初音。早朝の為にまだそこまで強くない日差しの柔らかさと鳥のさえずりを楽しんでいたのも束の間、急に厚い雲が広がったかと思えば、あっという間に雨が降り出したのだ
帰ったらすぐにシャワーだなと雨に濡れながら、着いた自宅の入り口前に一つの影を見つけた初音の足が止まる。ただの無機物なら通り過ぎていた所だが、それが人だったのでは放っておく訳にもいかなかった



「……」



その昼間、目を覚ました一人の少年は自分の置かれている状況を確認する、先ず彼はシンプルなベッドに寝かされていた。ここに至るまでの記憶がすっぽり抜けていて、どうしてこうなったかまるで分からない
あまり小物らしいものも置かれずに必要最低限のクローゼットや机などが揃っているだけの部屋の主は見当たらない、この部屋の主こそが自分をここに連れて来た張本人の筈なのだが――
何も言わないで退散する事に後ろ髪が引かれる思いだったが、自分には自分を待つ仲間と家族が待っているー少年はいつまでもこの部屋の主をここで待っている訳にもいかなかったのだ



「あ、起きた…?」

「っ…?!」



ガチャリと装飾らしい装飾がない部屋の扉が開き、やって来たのは大人というにはまだ些か幼い少女。その口振りから察するにこの少女が部屋の主らしいが、何故ここに自分を招いたのか理由が分からないままだ
もしかすると自分を捕らえ、仲間の情報を聞き出す事が彼女の目的である可能性もゼロではない。警戒心があるという事を示す為にデュエルディスクを構えようとした少年だが、自分の腕にある筈のものがない事に気付く
自分が愛用するデュエルディスクがない事に狼狽する少年の様子に首を傾げ、観察していた少女はその様子から少年が何を探しているかを察し、彼の警戒心も気にせず、ベッドサイドのテーブルからその探し物を取り出した


「デュエルディスクならここにあるよ、不安にさせてごめんね」

「……ここは?」

「私の家。君が家の前で倒れてたから、管理人さんと一緒に運んだの」

「そうか…オレは倒れたのか」

「お腹、空いてない?」

「は…?」



少年が惚けているのも気に留めず、少女ー初音はマイペースに、尚且つ慣れた様子で部屋を出ていく。この家が彼女の家だというのはあながち間違いではなさそうだと少年もその背中に案内され、共にリビングへ
案内されてやって来たリビングも今まで眠っていた寝室よりはまだ物が多く置かれているものの、やはり同じ様に必要最低限のテーブルとソファ、テレビその他で纏められていた。中でも目を引いたのはガラスのテーブルだった
もっと細かく言うとテーブルの上に並べられた色とりどりの食べ物に少年は目が釘付けになっていた、ここ数日は水や最低限の食事以外、摂取していない体ー食欲は正直でごくり、とその食品を前に思わず喉を鳴らしていた



「目が覚めたら、お腹が空くんじゃないかと思って作ったの。良かったらどうかな…?」

「いや、折角だがオレは早く戻らない…と……」



何の前触れもなしに部屋にぐぅ、と可愛らしい音が鳴り響く、口数が少ない人間しかいない為に元々は小さい音がやけに大きく聞こえた様に感じられた。さて、その音の鳴り所はというと初音に見覚えはない
だとすると残るはと初音がじっと無言で少年を見つめていると彼は居心地悪そうに視線を反らしてしまう。逆立てた髪のおかげで見られる耳は真っ赤に染まっているのを見ると、顔も同じ様になっている事だろう



「……このグラタン、もらっていいか?」

「ん…口に合うといいんだけど」



グラタン皿から取り分けられたグラタンを口に含みながら、少年は久し振りだと思っていた。こうして誰かと食を囲むのも、敵に怯えずに時を過ごすのも――自分の世界が侵略に侵される前にあった、当たり前の日々が懐かしい
食後、誰からと言う訳でもなく、話し声は聞こえない。どうやら初音は自分がどこから来たか、何故倒れていたかを詳しく聞こうとは思わない様だ。それに安堵しながらも些か不用心だと眉を顰めてしまう
まだ幼いとはいえ、自分も男だ。もしかしたら倒れたフリをして、彼女を襲おうとする悪漢かもしれないという事を思いもしないのだろうかと自分に安心し切って背中を見せ、デッキを弄る姿に思う


「……」

「…何か悩んでいるのか?」

「ん…チューナーをもう少しいれるべきか、それとも魔法や罠で補う為にカードを増やすかで悩んでるの」

「チューナー…じゃあ、君はシンクロ使いなんだな」

「シンクロ一本ってわけでもないよ、エクシーズもアドバンスも使ってる」

「エクシーズ…」



その言葉を聞いた途端、少年の目の色が好意的に変わった様に感じられた。どうやらこの少年は色んな召喚法の中でも特にエクシーズ召喚というものを好意的に捉えているらしい
極限までの空腹状態といい、エクシーズ召喚を好意的に思っている点といい、もしかすると彼はと初音の中で確信めいた考えに至る。けれどそれを追求する気はない、それを知っていると彼に知られれば、不用意に警戒心を煽ってしまう



「…エクシーズ召喚やエクシーズモンスター、好き?」

「ああ。故郷で馴染みのある召喚法なんだ」



故郷とその故郷でエクシーズ召喚を交えた決闘をしている光景を思い出したのだろうか、少年は懐かしそうに微笑む
良く似ている、体格もその笑った姿も初音が知る少年ー榊遊矢に



「雨も止んだ様だし、オレはそろそろ戻らないと。仲間が待ってる」

「大丈夫?倒れて起きたばかりなのに…」

「あれはその…恥ずかしいんだが、腹が減ってたのが原因だと思う。あまり最近、食事を取っていなかったから」

「あ…じゃあ、ちょっと待ってて」



あれ程までに高い位置にあった陽ももう地平線の向こうに戻る頃、待っている仲間の元へ帰るという少年の言葉を受けた初音は彼を一時引き止めた上で再びリビングの方へ引き返す
戻って来た初音の手には小さなバスケット、それを手渡された少年は何が何だか分からない様子で彼女を見上げたり、バスケットを見てみたりと忙しなく視線を動かしている



「さっきの残り物だけど…持っていって?」

「…何から何まで世話になってすまない。この借りはいつか必ず」



どうやらこの少年、真面目な様でまたいつか返しに来ると言って聞かない為に初音も頷かざるを得ない。そうしなければ、いつまで経ってもこの少年は仲間の元へ帰ろうとしないだろう、初音の了承を得るまで
バスケットを大事そうに抱え、出ていこうとする少年に初音はまた待ったをかける。バスケットを返しにここへ来るつもりなら、その時の為に名前を聞いておかなければならない、遊矢と間違えない為にも


「君の名前は?」

「ユートだ、君は?」

「私は初音、小鳥遊初音だよ」



今、聞いた名前を初音は胸の内で復唱する。ユートー姿形が彼と瓜二つならば、名前も良く似た響きだ。ここまで一緒だと奇跡を感じるよりもいっそ不気味にも感じてしまう
もしかするとあの有名なドッペルゲンガーの話の様にもう一人、彼らに似た存在がいるのかもしれないー何故だろう、その話を思い浮かべたからか、彼らを会わせたらとんでもない事が起きるのでは、と悪い方向に思考を傾ける自分がいた


「ユート!どこに行っていた、探したんだぞ」

「そのバスケット、どうしたの?」

「隼、姉さん。小鳥遊博士は確かに敵だが、娘の方はオレ達の敵ではない様だ」

「は?」

「ユートくん、本当にどこに行ってたの…?」


止まりより空へ飛び込む

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