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「夜久、夜久ーさっきの授業のここなんだけどさ」
「聞いていたら分かるものでしょう、予習くらいしてきたらどう?」
「予習よりもデュエルを選んじゃうんだよなー!ははっ」
「貴方達…試験期間はどうしてるのよ…」
氷那がアークティック校に編入し、ヨハンとアルフレッドと友人となり早1ヶ月が過ぎた頃には彼女の悪態にも二人は慣れ始めていた
そんな三人の馴れ合いもあってか編入当初に疎遠していたクラスメイト達も氷那と会話をする事も多くなり、ヨハンが自分の事の様に喜んでいた記憶は真新しい
だが…打ち解けていた氷那の行動で一つどうしても分からない事があった
「…ん?何だ、夜久はまた保健室かー?」
氷那の行動で分からないというものは週に1回はあるデュエルの実技授業の前には必ず体調不良となり、欠席すること
1日の始めから授業全てを欠席するならまだ話は分かる、だが彼女の場合はこの授業のみという不可解な話なのだ
(氷那に限って仮病、ってことはないよな…)
先程だってこの授業に出ようとする彼女の顔色はこちらがぞっとする程の青白さで、仮病という彼女に…友人に対する非礼的感情をヨハンは振り払う
「ヨハン!ぼーっとしてないで相手してくれよ」
「あ、ああ」
「どうせお前も夜久の事を考えてたんだろ?実はオレもなんだ」
「アルフレッドも?」
「まあな。何かあるのかね、デュエルに対する…あの反応から考えられるのはトラウマ、とかか?」
「トラウマァ〜?デュエルが?」
「お前な…そんな反応するけど、日本にいた頃の夜久が何してたとかオレ達は知らないだろ
その頃に何かあったって可能性もあるって話!元々アイツのデュエルに対する経歴は良く分からない所が多いしさ」
お互いのデッキを交換しシャッフルしている途中でヨハンはふと、この友人から聞かされた氷那のデュエリストとしての経歴を思い返した
《決勝まで行ける程の実力を持ってるのに途中辞退》、アルフレッドの仮定を受けとるならば、色々とつじつまが噛み合う事は多い
―"誰も知らない所で一から始める"・"自分が一人でどこまで出来るか試したい"って言って、小夜達も振り切ってここに来たのは氷那だよ?
ここには昔の氷那を知ってる人は絶対にいない、やり直すには絶好の場所なんだから、
あの日、自分と氷那が握手を交わした場所で不本意ながら立ち聞きしたヴァルキリアが告げた彼女の本心とこの地に来た覚悟、その言葉の節々には彼女の過去に何かあったと思わせるには十分で
彼女が積極的にデュエルに関わりにいけない様な"何か"―その過去が今も彼女を縛り付けるから、この実技にも出られない、と自分なりの答えが弾き出た
(氷那はデュエルが嫌いなのか…?いや、ヴァルキリアとあんな風に打ち解けてる氷那がそんなこと…
…違う、俺がただ氷那にデュエルが嫌いでいて欲しくないだけ、だ)
「…あ、そういえばさ。お前言ってただろ?氷那が編入してくる時に"魔女"とか何とか、あれって結局何だったんだよ?」
「そういや結局教えてなかったっけな、まあ色々とその通り名には所以があるらしいけどさ
"隙のない戦術・凍える程の冷静さ・全てを見透かされている様な立ち居振る舞いで相手を翻弄する"、それが魔女みたいだから…誰かがこう言ったんだと、《氷鎌の魔女》ってな」
初めて聞いた彼女の通り名、魔女というイメージは確かに氷那に合っていた、夜を連想させる整った容姿はこちらの時間を止められた様な感覚にもなった記憶がある
そんな彼女が夜色の髪に表情を隠し、隙間から覗いた寂しげに自身を嘲笑う姿が鮮やかに思い浮かび、胸を締め付けた
―でも第一にやっぱり怖いのよ、情けない事にね
(なあ氷那、氷那は何を怖がってるんだよ…)
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「お、氷那〜!」
「…アンデルセンくん、…?クォンヌくんは一緒じゃないのね」
「あいつは補修だってさ」
「貴方がその補修に一緒じゃないって珍しいのね、明日は空から槍が降って来るのかしら」
「そんな言い方ないだろー…」
実技の授業も無事に終えたヨハンは自然と帰り道を一人で歩く氷那の横に並び、一緒に歩き出す、こうして一緒に歩いていて分かった事も沢山ある
彼女の足取りはとても緩やかなこと、その足取りに合わせて歩いていると時間の流れが穏やかでとても心地良くなるということ
けれど肝心な事を自分はまだ知らない、隣を歩く氷那の顔色は保健室に連れていくよりも血の気が通っていて健康的だ
「氷那、体調は大丈夫か?」
「ええ…もう平気よ。ごめんなさい、驚かせてしまって…」
「なあ氷那はさ……デュエルで何かあったから、ここに来たのか?」
「…!」
とうとう踏み入ってしまった、もう後戻りは出来ない否しない、意を決するとヨハンは静かに言葉を紡ぐ
「もしかしてその"何か"を改善する為に、やり直す為にここに来たんじゃないか?
俺は日本にいた頃の氷那を何も知らないけどさ、1ヶ月一緒にいて分かったんだ、氷那のデュエルに対する反応は拒む一面が大きいって
"誰も知らない所で一から始める"って考えてみれば誰かを通じて、デュエルを拒む反応が体に出る程の事をされたって事なんじゃないか?」
「……、」
「教えて欲しいんだ、氷那に何があったのか。言っただろ?俺、氷那の事を知りたいって
何か理由があるなら一緒に悩んで、一緒にその理由に挑んで助けたいんだ、だから…」
「…いい加減にして」
「氷那…?」
「そうやって何でもかんでも知ろうとして、人の敷いた境界線を跨いで土足で踏み荒らさないで
興味本位で人の過去を掘り返して楽しいの?」
「違…っ!」
「誰にだって触れられたくないものはあるものよ、貴方みたいにデュエルが楽しくて仕方ない人ばかりがデュエルをしてる訳じゃない…!
私の問題は私で解決するしかないの!そうやって簡単に人に期待を持たせて、助けたい、だなんて言葉を軽々しく言わないで、期待を持たされて裏切られた人の気持ちを考えた事はあるの…?」
「…!」
「助けてって言って助けて貰える問題なら…とっくの昔に解決してる、わ」
一気に捲し立てられ、ヨハンは彼女の言葉に一切の遮りを放つ事は許されない、細くて小さな肩を震わせ、怒りとそして悲しみを告げた氷那は踵を返すと走り去ってしまう
踵を返す瞬間、揺れた髪のヴェールから覗いた氷那の瞳には痛みに耐えるかの様に我慢する涙が一粒残っていたのを見たヨハンは自分の行動に掌に爪を立てた
「…っ氷那のこと、泣かしちまった…そんなつもり、じゃなかったのに…!」
《ルビィ…》
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「っ…!」
ヨハンの前から全速力で寮の自室に戻ってきた氷那は扉を後ろ手で閉めるとそのまま、ずるずると床に力無くへたり込んでしまう、その表情は髪で隠され見えない
「ヴァルキリ、ア…何で…何で私ってこう、なのかしら…」
《氷那…》
「折、角…っ折角、アンデルセンくんが手を差し伸べてくれた、のに…振り払って…感情に任せるまま、アンデルセンくんを傷つけて、しまった…
私の事をともだち、って言ってくれた人を…突き放した…結局私、は日本にいた頃と変わらない…変われない、のかしら、ね…」
《氷那、泣かないで…泣かないで、よぉ…》
「泣かない、わよ、だって今、一番傷付いているのは…アンデルセンくんだもの…加害者の私が泣く事は許され、ない」
瞳に涙を溜め、そっとうなだれる主の頭に精霊は擦り寄り、共に悲しみを共有していた
冷えた心が悲鳴を上げても