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昨日、人の手を借りない様にと学校探索なるものをした際に見つけた裏庭
緑の芝生が生い茂る自然な景観を壊さない様にと整地された白い歩道はお互いを引き立たせ、歩道の脇には点々と木々が植えられていた

幸い現在の時刻が昼休みが始まったばかりという事もあってか、人の影は自分以外に見当たらない
一応周辺をきょろきょろと見渡した後に自分の腰のデッキケースに触れると彼女の視界の前に小さな少女が現れ、ぷくっと愛らしい頬を膨らませた


《氷那〜?》

「…何よ」

《何よ、じゃないよ!もうっずっとデッキから氷那見てたんだからね!
折角助けて貰ったのにあんな素っ気なくしちゃダメじゃない!》

「ちゃんとお礼は言ったからいいじゃない」

《それだけじゃダメなんだってば!昨日の事でもわたし、同じ事言ったよ?》

「…貴女はいつから私の母親になったのかしら、"ヴァルキリア"」


"ヴァルキリア"、氷那の目の前にいる彼女は持ち主が言った通り『マジシャンズ・ヴァルキリア』の存在である
精霊というカテゴリーの存在の為にヴァルキリアの姿を認識した事があるのは持ち主とその従姉妹だけだ


《もー聞いてるの?氷那》

「ちゃんと聞いてるわ」

《ならいいけどさ…このままじゃいけないのは氷那自身が一番分かってるでしょ》

「……」

《"誰も知らない所で一から始める"・"自分が一人でどこまで出来るか試したい"って言って、小夜達も振り切ってここに来たのは氷那だよ?
ここには昔の氷那を知ってる人は絶対にいない、やり直すには絶好の場所なんだから、もうちょっと歩み寄ろうよ…わたし、また独りぼっちになる氷那を見たくないよ》

「ヴァルキリア…、ええ、分かってるわ、分かってるの」


唯一自分の過去をこの地で知っているヴァルキリアはそれを思い出したのか、唐突に声色に影を落とし、ぽつりと小さく呟く
分かってるのだ、彼女が自分に過去から解放される事を思っているのも、この状態のままで一人でいる事は日本にいた頃と何も変わらない事も



《だったら何で?英語での受け答えが出来ないから…?》

「それもあるわ、編入するって言ったのに勉強不足だった…でも第一にやっぱり怖いのよ、情けない事にね
歩み寄りたくても自分を守る為に自分で作り上げたこの性格は誰かを不快にするものでしかない
誰かに不快な想いをさせるくらいなら、このまま一人でいた方が良いんじゃないかって…」

《氷那…》

「ちょっと何泣きそうになってるのよ、ヴァルキリア」



この問題は自分のものであるのに涙を浮かべるヴァルキリアに氷那は苦笑してしまう、何てお人好しな精霊なのだと
精霊と言えば、この学校に編入した日に遭遇したあの精霊もこんな風に持ち主を慕うのだろうかと不意に頭の中で浮かんでしまう、…きっとお人好しな持ち主同様に優しい気がした



「…やっぱりそうだったんだな」

《あ》

「っ…!」



噂をすれば影とは良く言ったものだ
      
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氷那が教室を出るのを後から着いて来たヨハンは当然今までの話に聞き耳を立て、悪い事だと思っていてもその場を離れはしなかった
最低だと罵られてもいいとその時思ったからか、会話を聞かれていた事に動揺しながらもこちらを睨む氷那に臆する事もなく、堂々と出来ていた



「…立ち聞きなんていい趣味をしているのね、アンデルセンくん」

《氷那!》

「ヴァルキリアは黙ってて」



先程までのしおらしさはどこへやら、強気に出る氷那はヴァルキリアに叱咤を受けるもそれを鋭い眼光で閉口させてしまう
この場に現れたヨハンが返答に出ない事に彼女は冷たい嘲笑を浮かべる、返答が出来ないのは彼女が母国の言葉で話しているからだ


「日本語だから言っている事が分からないかしら?」

「いや、分かるぜ
授業の一環として日本語のカリキュラムも入ってるから、一応受け答えはある程度出来るんだ」

「…さっき、やっぱりって言ってたけどどういう意味かしら」

「ほら夜久って編入して来た時や周り追っ払う時以外は短い言葉でしか応答してないだろ?いつもは遠目からそれを見てたんだけどさ、今朝話してみて分かったんだ
夜久の応答ってぎこちないなって、だからもしかしたら…ちゃんと受け答え出来るレベルの英会話習得してないんじゃないかって」

「…その通りだけど何?私を笑いに来たの?ちゃんとした土台も出来てないでここに来るなんて、って」

「?何でそんな風に思わなきゃいけないんだ?そりゃ理由知った他の奴の中でそう思う奴もいるかもしれないけど、俺は夜久は慣れていない環境でも頑張ってるんだなって思った」

「は…?」


自分の煽りの言葉に乗らずに何よりも頑張っている、と自分を称され、氷那は鋭くなった瞳を丸く見開かせた
思いもしなかったヨハンからの返答に呆然と立ち尽くし、言葉を失っている彼女に彼は微笑を絶やさずに一言に遮られた言葉を続け出す



「だってそうだろ?えっと何だっけな…あ、そうだ!"誰も知らない所で一から始める"・"自分が一人でどこまで出来るか試したい"ってちゃんとした自分の考えを持ってここに来てる
そんな夜久を笑える訳ないだろ?でさ怒らせるかもしれないけど…俺は夜久の事をもっと知りたいんだ」

「…どうして?そんな事、貴方の為にも私の為にも何の得にならないわ」

「損得じゃないって、俺は初めて同じ様に精霊を見る事が夜久が出来るって知った時に友達になりたいって思ったんだ」

「っ…とも、だち…?」

「ああ!」



慣れない言葉が次々と発せられる為、氷那はいつものペースに持っていけずに先程の様にしおらしく俯くがそんな彼女に畳み掛けられた言葉
"友達"、その言葉に自分は何度憧れては自分には無理だと痛感した事だろう、そう、全ては自分のこの性格の所為



「さっきの会話、ちゃんと聞いてなかったのかしら?私は誰かを不快にしか出来ないの、態々そんな思いをしたいって言うの?」

「夜久はそう言うけどさ、夜久は今朝「ありがとう」って言ってくれただろ?それにその言葉だって相手を思いやれている証拠だ
精霊の事だけじゃなくて英会話での受け答えも出来ないって聞いたし、友達になって夜久を助けたい」

「…!」

「これで俺と夜久…いや氷那は友達だな!」

《氷那!》



片腕を握り締めていたもう一本の腕を強引に外され、その手をヨハンは握り締め、眩しいくらいの笑顔を浮かべるもので閉口していたヴァルキリアは嬉しそうに氷那を見る
歩み寄りたい、とずっと思っていた、こんな性格でもいいんだと彼は言ってくれた、なら今掴ませてくれた切っ掛けは決して逃してはいけないものだった


「っ…これ以上付きまとわれても迷惑、だから分かった、わよ」

「ああ!よろしくな、氷那」

「……ええ」

「ヴァルキリアもよろしくな!」

《うん、氷那の事を宜しくね!ヨハン》

「だからあなたはいつから私の母親に…はぁ」

「ああ、任せてくれ!よし、話も終わったし教室に戻ろうぜ!昼飯食べ損ねたら大変だしな!」

「ちょっと引っ張らないで…!アンデルセンくんっ」


握手を交わしたままの手のままで駆け出したヨハンの背中に引っ張られる形で氷那も走り出す羽目に
こんなに慌ただしいなら、一人の方がマシだったと思いながらも繋がれたままの手を見つめる



(こんなに人の手って温かかったかしら…何て、)



―――心地良いんだろう。
彼と友達になった事を必要以上に蔑ろにしている訳ではなく、寧ろ嬉しく思っている事から彼女の口元は綻んでいた


失ったのは退な未来






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