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3


その朝、夜久氷那の機嫌は急降下していた
多大な失敗をしてしまったとはいえ夜はデッキ編集に時間を取れ、転校初日の疲れは今日に響かずに落ち着いた朝を迎えられたのだ、だと言うのに、



「おお夜久、朝早くに登校とは感心感心!そんな夜久に先生からプレゼントだ」


(これのどこがプレゼントなのよ)



はぁ、と朝一の溜息を零し、それと一緒に力が抜かれてしまいそうになった途端に彼女の細い腕からノートが溢れそうになり、慌てて氷那は力を入れ直す
愚痴っていても頼まれた以上は成し遂げるしかない、幸いにも教室はこの曲がり角を曲がればすぐだ、そうすればこの重圧からも解放される

氷那はそれを実感し直し、ぐっと足を前に出した



「…!」



曲がり角という死角、そこから現れた人影に重りを持ち、自由が利かない氷那は当たり前の様にぶつかってしまい反動で尻餅をついてしまった
ばさばさ、と鳥が翼をはためかせるものと同類の音を立てながら腕からノートが散乱し二重の不幸が重なる


(今日は私にとっての厄日なのかしら…)


「わ、悪い!怪我してない、か……って…」


(怪我の代わりに床に座り込んでる所が痛いわよ)


「っ…」

「夜久…?」

「?あ…」


(嘘、でしょ)


自分の名字を知っているという事は自分と同じクラスメイトなのだろう、名字を呼ぶ微かに驚いた声に誘われる様に上を向いた視界には驚いた表情をした彼の姿
彼女が言った転校初日に侵した多大な失敗の一つにして、誰よりも接触を避けたかったヨハン・アンデルセンがそこにいた


    .
    .
    .


見つめ合って数分が経った様な感覚に陥る二人、その感覚から一早く抜け出したのはヨハンだった


(このまま尻餅つかせたままにさせちゃいけない、よな)


そう考えたが最後、ヨハンは氷那を起こす為に手を差し伸べようと思ったのだが彼女は彼から視線を外すと尻餅をついた体勢のまま、散乱したノートを拾い始めた
元はまだ朝早く生徒も少ないという不確かな理由で前方不注意だった自分にも非はある、ヨハンは氷那に続く様に散乱したノートを同じく拾い始める



「何、を…」

「ん?俺が夜久にぶつかったからこうなったんだから手伝うのは当たり前だろ?
あ、こっちは俺が拾うからさ!夜久はそっちを頼むよ」

「…ええ」

「!」


(昨日の態度見たら突っぱねられると思ったけど…意外に素直なんだな…)



素直に頷いた氷那の背中を意外そうに見つめながらもノートを拾う彼女に遅れを取らない様にと直ぐにその視線を目下のノートに向けた
元々はクラスメイト分だけのノートの数は二人分の手で素早く収集する事が出来た、集まったノートを腕に持ち上げた氷那の腕はその重さにより、微かに震える

それに気付いたヨハンはそのノートの半分以上を横からかっさらわれ、目を丸くした



「ちょっと…!」

「こんな数のノートを一人で持ってる所、見過ごせる訳ないだろ?
俺、教室に行くだけで暇だからさ、持っていく事も手伝わせてくれよ」

「…勝手にしたら」

「ああ!」



それ以上の返答を持ち合わせていないのかさっさと歩いて行く氷那に邪見も感じず、ヨハンはその後を着いて行く
これと言った会話もなく、呆気なく教室に二人はたどり着くと教壇に持っていたノートを乗せ、ふぅと重圧から解放されて息が漏れた


「ここに置いといたらHRの時に返却されるんだ」

「…そうなの」

「頑張ったな〜夜久。大変だったろ?」

「別に…、…アンデルセン、くん」

「ん?」

「…あり、がとう」

「へ?」


彼女が自分の名前を知っている事にも驚いたが感謝の言葉を受け、ヨハンは目を点にしてしまうも氷那はふい、と髪を靡かせ、足早に自分の席へと向かってしまった
その場に残されたヨハンはぽかん、と呆然としていたものの何故か彼女らしい、と納得し笑みが零れ、一つの仮説が浮かんだ



(もしかしたら…夜久は…)



やはりこの日も氷那は一匹狼を貫き、人の輪の外からその輪をぼんやりと眺める一日を送っていた
そんな彼女は一日の中間である昼間という憩いの時間帯、授業が終わると同時に足早と教室を後にする、あの様子は購買やカフェテリアに向かうものではない



「あれ、ヨハン、どこか行くのか?飯は?」

「用事が終わったら購買で買ってくる、先に食べてていいぜ!」



友人にそう告げ、ヨハンは目先にいる購買やカフェテリア目的の群衆の間を抜け、流れに逆らう氷那を見失わない様にと追い続ける
ストーカー紛いだという事は分かっているがそれでも追わずにはいられない、ここで彼女を見失えば、それこそ本当に彼女と向き合えない気がしたからだ


わたしをとりにしてくれない神様






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