12
「『宝玉獣 サファイア・ペガサス』と『宝玉獣 トパーズ・タイガー』でダイレクトアタックだ!」
沸き立つ歓声がたった今勝敗がついたデュエルを祝福する、デュエル場の中心にてヨハンは戦っていた相手と握手を交わすと舞台から降りる
ふぅ、と胸に溜まっていた緊張を吐き出している彼の前の前から歩み寄ってくる影が一つ
「ヨハンくん」
「お、氷那!見ててくれたのか?」
「ええ、勿論。…見てて冷や冷やしたわ、いい加減にデッキにモンスター破壊の魔法か罠カードを入れるべきじゃな、」
「氷那も残念だったよなー準決勝で負けなかったら、またデュエル出来たのにさ」
「〜っ人の話を聞きなさいよ!こっちはあなたの事を心配して言ってるのに!」
「心配してくれたのか?」
「!そ、そんな訳ないじゃない、ヨハンくんの事なんてこれっぽっちも心配してないけど宝玉獣達が可哀想だから言ってるだけよ
良い?あなたの事なんて何とも思ってないんだから、ただこれからチャンピオンなんだからちゃんとして欲しいだけなんだからっ」
彼女がアークティック校に来てから1年、氷那の性格のテンプレーションはヨハンも慣れた頃、こうして自分に冷たくした後は決まって自室で落ち込むのはヴァルキリアに確認済み
ふん、と顔を横に背け、鬱陶しげに自分の夜色の長い髪を払い除ける氷那にヨハンは顔と合わせていたヴァルキリアが口を開いた
《全く素直じゃないなぁ、氷那は!食い入る様にヨハンの決勝見てたじゃん、負けそうになったらすっごい不安そうにしてたの知ってるよ!》
「なっ…!ご、誤解される様な事を言わないで、ヴァルキリア
…ってヨハンくんも何心の底から幸せそうに笑ってるのよ、私を馬鹿にしてるのかしら?」
「いやーそんな風に氷那に思ってもらってて幸せだなーって思ってさ」
「〜っ…!ヴァルキリアの言った事を真に受けて…チャンピオンになったからって浮かれてるんじゃないかしら?
まあ…でもチャンピオンになったのは素直に祝福するわ。…おめでとう、ヨハンくん」
「へへっサンキュ、氷那!」
狼狽えていた空気を咳払いで払った氷那の言葉にヨハンは嬉しそうに頬を赤らめさせ、笑うもので彼女も表情を朗らかにしてしまう
先程から二人の会話に出るチャンピオン、というのはある種のアークティック校の代表者の様なものでその座についた者は1学期の始まりにD.A本校に留学出来る
本校にはまだ見ぬ決闘者がいる事でヨハンも嬉しいのだが一つ問題があったのだ
「…ハンくん、ちょっとヨハンくん?」
「!な、何だ?氷那」
「人の話を聞いてなかったの?全く…じゃあもう一度言うわ
この後にアルフレッドくんやモニカさんがヨハンくんのチャンピオン襲名パーティーをするから、寮にって言ってたから寮に…」
「あの、さ、氷那」
「?何かしら?」
「その…ちょっと二人っきりで話したい事あるんだけど、良いか?」
「良いけど…」
神妙な面持ちのヨハンと共に会場を後に校舎の裏庭に足を運ぶ、まだ校舎内では熱気が冷め切らない生徒達がいるもののここは静かで話の場には最適だ
思えばここは1年前に自分と氷那が友達になる切っ掛けの場なのをヨハンは思い出す、…今は友達以上の想いを彼女に向けている
(思えば自分でも不思議なくらいに編入初日から氷那に惹かれて、一緒に行動して来たのに氷那が好きだなんて全然気付けなかったんだよな…)
「ちょっとヴァルキリア、さっきの私がヨハンくんのデュエルを不安げに見てたって言葉、改めてよね」
《事実を言って何が悪いの?大体氷那はツンが強いんだってば!たまにはデレなきゃっ》
「モニカさんと同じ事を言わないでくれない?」
隣でヴァルキリアと先程の言葉の訂正を求めて会話する氷那を見つめ、過去の自分に苦笑する
彼が彼女を一人の異性として好意を向けている、なんて気付いたのは見兼ねたアルフレッドに指摘されたつい最近だ、だが自分の胸の好意を受け入れるのはとても容易くて、
だからこそヨハンは留学の間に氷那と離れる事がとても嫌に思っていた
(俺が留学でここにいない間、もし氷那に彼氏とか出来て、そいつと俺を出迎えに来たら…無理だ、キツすぎて1週間はデュエル出来ない自信がある!
氷那、美人だしデュエルも強いしで人の目を引くし…変な所で鈍感だし…何より俺が最初に氷那と接点を持てたのに)
「…それでヨハンくん、私に話ってなに?」
「あ、えっとそれはだなー…」
ここまで彼女に対して独占欲が強いとは思わなかった、恋とはこんなにも人の心を掻き乱すものなのか
色々な思考が巡る頭でヨハンは氷那に何の話をしたかったのかを忘れてしまい、言葉が続かない、何とか言葉を取り繕うとする彼に氷那は一つ溜息をついた
「まさか何の話をするか忘れちゃったの?」
「…わりぃ」
「まあ…良いわよ、人間だもの。たまにはド忘れする事だってあるでしょうし
じゃあ私から話をしても良いかしら?」
「へ?」
まさか彼女から自分に話があるとは思わずに抜けた声が出るヨハンに見向かい、氷那は真剣な月色の瞳を向けた、それだけで心臓が早く脈打つのはもう惚れた弱味というしかあるまい
「ヨハンくん、1学期が始まるのと同時に本校に留学するのよね」
「あ、ああ、そうだけど…」
「その…私も貴方と一緒に留学の話が出てるの」
「へぇ…………え?!何でっ」
「日本からここに編入してきた私は比較的珍しいらしくて、私の事を知った本校の鮫島校長が是非話を聞きたいって
まあただ1日話すだけ話して帰るのも疲れるだろうから、この際留学でもですって」
「そ、そうなのか…あ、でも本校って行ったら、氷那の事を知ってる奴がいるかもしれないんだよな」
「…ええ」
彼女の浮かない顔はそれだ、そもそも彼女がここに編入してきたのは自分を知る者がいない、と踏んだから
幸いにも今まで彼女の過去を知る者はいないが、本校に行ったら可能性は高くなる、一緒に留学出来るかもという喜びは出せなかった
「でも、私その話を受けようと思うの」
「…!それで氷那は良いのか?」
「いつまでも逃げてる訳には行かないもの、まあ…ここにいる時点で逃げてるに等しいけど
…ここに来て過去は受け入れられる事が出来るって知ったから…今の私なら立ち向かえると思うの」
「氷那…」
「それに…その、ヨハンくんが一緒なんだもの、貴方がいるなら乗り越えられるわ」
「!氷那〜っ!」
「ちょ、だ、だからっ」
凛とした光を宿した瞳を細め、頬を赤らめさせて微笑む氷那の貴重な素直な心から発せられた言葉に感激したヨハンは今度こそ喜びを全面に彼女に抱きつく
無理に彼を突き放す事も出来ずにいると不意に両肩を掴まれ、真剣な表情に安堵感が混じったヨハンと見合う
「俺さ、実は不安だったんだ。留学期間中に氷那と離れるのが」
「大袈裟よ、たった1年じゃない」
「う…でも氷那も一緒に本校に行くって聞いて、すっげぇ嬉しいんだ!
氷那がいる方が心強いし、勉強や方向音痴のカバーとかで!」
「全く…仕方ないわね、ええ、ちゃんと本校でも貴方をカバーするわ
良い?仕方なく、なんだからね?仕方なくヨハンくんのフォローをするの、決してヨハンくんが心配だから諸々するって訳じゃないんだから!」
「ははっ氷那らしいや」
自分の肩に置かれたヨハンの手をピシリ、と叩き、ふい、と赤みが差したままの顔を横に向けて放たれた氷那の言葉に気分を害さずに笑って受け入れた
そんな様子を彼女達がいつまで経っても来ないので迎えに来た二人が見つめていた
「ったく、ヨハンの方は夜久への気持ちを理解したってのに肝心の夜久があれじゃあなー…」
「というよりお姉様が留学する、なんて全然聞いてませんよ!く…っお姉様に関する情報包囲網がまだまだ未熟だった証ですね…!」
「お前、それ一歩間違えるとストーカーで夜久に訴えられるからな」
「ぐぬぬ…それにしてもヨハン先輩、お姉様と距離近過ぎですよ…!わたしでさえ、あんなに近づいた事ないのにっ」
「邪魔がいない間にあの二人、くっ付いてくれりゃ良いんだけどなー」
「邪魔ってわたしのことですか、アル先輩!」
「他に誰がいるんだよ、ん?」
「むっきー!」
1年近い距離で氷那達を見守っていた二人に気付かず、ヨハンと氷那は話を続けている
「ねえヨハンくん、結局私に話ってなにかしら」
「へっ?!あ、えっと…ほ、ほらっ氷那のいとこも本校に通ってるんだろ?どんな奴か知りたくてさ!」
「ああ…二人ともヨハンくんに似た雰囲気よ、底抜けに明るいというかバカというか…同族同士、惹かれるものがあるんじゃないかしら」
「そりゃ楽しみだ!…氷那!」
「?」
「これからもよろしくな」
「…ええ、こちらこそ」
あの日と同じ様に二人の手は交わった
わたしを素直にしたひとへ