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「ノートを集めるみたいだから、一緒に持っていってあげるわ
…勘違いしないでよね、席を立つのが煩わしそうだからなんて思ってないわ。一番後列の席だから一緒に持っていった方が時間が効率的でしょ」
「体育館じゃなくて図書室に行くつもり?ヨハンくん、体育館はこっちよ」
「がぁぁぁぁ!!!」
「ア、アルフレッド、どうしたんだよ?」
「さっきの授業が分からなくて鬱憤でも晴らしてるのかしら」
「そうそう、さっきの授業、本当先公の説明が…って違ぇから!」
(クォンヌくんが情緒不安定だわ…)
「オレが言いたいのは!あれ程つっけんどんだった夜久がヨハンに献身的なのが気に食わないんだよっ
呼び方だってコイツは名前なのにオレは未だに名字呼びって…悔しすぎるんだよー!」
氷那がヨハンに自身の過去、そして彼女が抜群の記憶力の持ち主である事を打ち明けてからと言うもの氷那の態度は微かに変革していたのだ
言わずとしれた彼が方向音痴で困らない様に常備隣にいたり、冷たい棘がある言葉はその先端を丸めたり…が編入初日から彼女に目をつけていたアルフレッドが嘆いてる理由だった
「何なんだよ、オレが知らない所で特別な間柄になりました〜って見せつけてよぅ…」
「!と、特別な間柄って…バ、バカじゃないのっ
私とヨハンくんはただの友達でそれ以上の仲なんてある訳ないじゃない!」
「氷那〜流石にそう必死に否定されたら、俺も堪えるぜ…」
「え、あ…」
「ほらやっぱり!ヨハンに対する夜久の態度違うじゃんか!」
「あー…氷那、コイツ放っておいて飯買って来た方がいいんじゃないか?」
「そう、ね。じゃあ買いにいってくるわ」
「ん、帰ってくるの待ってんからな!」
にこやかに送り出された氷那は席を立ち、昼食を仕入れる為に教室を出た、…何やら自分が出た教室内ではまたアルフレッドの声が聞こえた気がしたが
それなりの生徒が溢れる廊下を進んでいく氷那、今となっては人の視線もこちらに向く事は少なくなったが編入してきた時期はそれは煩わしかったものだ
やはり外国では日本人というものは珍しいものらしく、怖いもの見たさならぬ物珍しさの視線は痛い程に実感させられた
「帰る頃にはクォンヌくん、落ち着いていたら良いのだけれど…」
《ヨハンに任せとけば大丈夫だよ、きっと!》
「なら良いんだけどね」
《…?》
「?ヴァルキリア、どうかしたの?」
《あ…ううん!多分気のせい…だと思う!》
「そう?」
《うん!早くご飯買って、ヨハンの所に戻ろ!》
そう言ったヴァルキリアだが何故かしきりに自分達の背後を気にしたりと妙に落ち着かない様子、教室を出るまでは何ともなかったのに一体どうしたというのか
どうかしたのかと聞いても何でもない、の一点張りの為にヴァルキリアに何があったか分からず仕舞いのまま、教室へ
どうやら自分が昼食を買いにいっている間にアルフレッドは落ち着いたらしく、ヨハンと共ににこやかに迎えてくれた
「お、夜久!帰って来たな」
「待たせてごめんなさい」
「いや平気平気、さっ飯にしようぜ!」
「氷那、ちゃんと飯買えたか?」
「ええ、何とか…あ、ヨハンくん、ちょっと良いかしら」
「ん?どうかしたのか?」
目の前で昼食を広げるアルフレッドもヨハンの影響で精霊を信じている、と聞いたが、それでもおおっぴらにする様な話ではない
その為に氷那はその、と言葉を詰まらせながらヨハンの耳に唇を寄せ、ヴァルキリアの事を相談しようとした
「ちょーっと待ったぁぁぁ!!!」
「「「!」」」
「な、何、ヨハン先輩と内緒話なんかしようとしてるんですかぁ!ってか近すぎです!」
突如として教室に乱入してきたのはふわふわと揺れる桃色の髪をハーフに上げた三つ編み少女、彼女の言い方を聞くにどうやら後輩の様だ
乱入者の出現により昼時で賑わっていた教室は静まり返り、授業中と同じ静けさが戻る中でヴァルキリアがふとあ、と零す
《さっき氷那の事をつけてた子!》
(つけてたってどういう事よ…それで可笑しかったのね)
ヨハンと氷那にしか聞こえないその言葉にまたトラブルが発生した事を知らされ、痛む頭を抑えていると後輩である女生徒はこちらに近づいてきた
「夜久氷那先輩ですよね?
クラスメイトとしてもヨハン先輩とくっ付き過ぎじゃないですか?先輩、ヨハン先輩の何ですか?」
「そんな事を聞く前に自己紹介が礼儀じゃないかしら」
「う…1年のモニカ・ヒルスヴァレーです」
「そう、じゃあヒルスヴァレーさん、何故貴女から交友関係に横槍を突かれなきゃいけないのか教えて欲しいわ」
「だって…夜久先輩とヨハン先輩じゃ釣り合わないし…」
(そんなの百も承知よ)
「何より…先輩がヨハン先輩を独占してるのがずるいです!」
「……は?」
想定外のモニカの出現とこれまた想定外に自分に振ってきた言葉に氷那は怪訝そうにその一言を発するのが精一杯だった
釣り合わない、というのはまだ分かる、だがずるいと言われても自分達はクラスメイトなのだから仕方ないとは思ってはくれない様だ
「あれはわたしが入学して間もない頃の話でした…」
「ちょっと、何か勝手に語り出したんだけど」
周囲を置いてけぼりにするのも厭わずにモニカはうっとりと瞳を輝かせ、頬に赤みを入れながら語り始めてしまった
その日は新入生と在校生の親睦を深める為にタッグデュエル大会が行われてました
まだ入学してきて友達は愚か先輩方も怖くて仕方がない時、ヨハン先輩がタッグデュエルのパートナーとして来てくれたんです
『き、今日はよろしくお願いします…!』
『ははっそんな緊張しないで良いって!気楽に行こうぜ?ここに来てから、今日が始めてのデュエルか?』
『はい…っ』
『そっか、よーし!じゃあ良い思い出にする為にも俺がフォローするぜ!遠慮なく頼ってくれよな!』
『…!』
「その時のヨハン先輩の笑顔にわたしの心は奪われたんです…!」
「げ?!氷那、スコーン4個じゃ流石に足りないだろっ」
「そうかしら?十分だと思うのだけれど…」
「嫌々、毎日そういうのばっかだと栄養偏って倒れるぜ?オレのサンドウィッチ食え、夜久!」
「ってか氷那って本当に小食だよなー後、午●の紅茶好きだな」
「美味しいんだもの、後これでもご飯の量は多い方よ?」
「…って人が思い出を語ってる時に何ご飯食べてるんですかぁぁぁぁ!話、聞いてましたっ?!」
思い出語りに一人花を咲かせていたモニカは語っていた彼女達が自分を差し置き、昼食のありついていた氷那達に涙目になりながら突っ込む
一応は彼らの自分の昼食への文句を聞く傍らに彼女の話も聞いていた為、話の筋は分かっていた氷那が口を開くよりも先にサンドウィッチを頬張っていた彼が肯定した
「まっ結論から言えば、ヨハンとオレと仲が良い夜久にヤキモチ焼いてて…そっちが勝手に夜久をライバルとして認めたって訳だろ?」
「へー!ライバルが出来るって事はやっぱり氷那が強いって事、学校中で分かってんだな!」
「…ヨハンくん、貴方よく天然って言われない?」
「へ?」
「まあ夜久も大概だけどな」
「…けれどヒルスヴァレーさん、貴女の許可がなければヨハンくんは友達も何も作っちゃいけないのかしら?
貴女が私をずるいと称するのと同じ様に…私は貴女に嫌悪感を抱くわ、盲目過ぎる恋はどうかと思うけれど」
「そ、んなの分かってます…!夜久先輩に気持ちを押し付けて困らせてる事もっ
でも…そんな言葉を平気で言う冷たい夜久先輩のせいでヨハン先輩が傷付いたらって思ったら、居ても立ってもいられないんです!」
良い意味で一途、悪い意味で遠慮知らずと言った所か、氷那の冷たく放たれた言葉に涙を浮かべつつ非礼を詫びる彼女は根は素直なのだろう
教室ではいつの間にか自分達の会話に聞き耳を立てる生徒で溢れ、これはモニカを泣かせる一歩手前に持ち込んだ自分が悪者扱いかと思っていると…
「もうさ、ヒルスヴァレーと夜久、デュエルしちまえよ」
「え?」
「クォンヌくん、どういう事?それに私は…」
「こうやって話し合ってもどうせお前等、一歩も引かないだろ?だらだら話して、飯食い損ねたらどうすんだよ
だったらもう手っ取り早くデュエルで片付けちまえ、勝った方が負けた方に言う事聞かせるとかでよ」
「…」
ヨハンとのデュエルの時は自分が腹を括って申し込んだ事、そしてそのデュエル後に抜群の記憶力の持ち主である自分を受け入れて貰ったのは一種の奇跡だ
正直に言えば、氷那はまだこの記憶力の事で誰かに自身を否定される事が怖かった、出来るならこの提案だって拒否したい。けれどアルフレッドの言い分も尤もで…
「氷那」
「…?」
「この前言った事、もう忘れちまったのか?何かあったら絶対に俺は氷那の味方になる
傷付くのが怖いって思ってんなら大丈夫だ、氷那を傷付けようとする事から守るからさ!」
「…事の発端である貴方が言える立場じゃないわよ、ヨハンくん」
「え?俺が原因なのかっ?」
あれ?と首を傾げるヨハンにくすり、と笑みを零し、氷那は背中を押された彼の言葉に応える様にモニカを見つめる
大丈夫、自分には昔とは違う味方がちゃんとついてるのだから恐れない、迷いは消え失せた
「良いわ。それでヒルスヴァレーさんが納得するなら、ね」
「はい、噂に名高い夜久先輩と戦って出た結果なら納得出来ますのでお願いします
今日の授業が終わった後にデュエル場で待ってます」
ぺこり、と頭を小さく下げ、モニカは2年の教室を去っていった
氷那がデュエルする、その言葉にクラスメイト達はざわめき立っていたが当の本人は黙々とチョコスコーンを頬張っていた
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「!本当に来てくれたんですね、夜久先輩!」
「あら、約束を破ると思っていたのかしら。心外だわ」
「だって夜久先輩、ここに編入してからはデュエルをした姿を見た事がないって聞いてましたから…」
確かに自分は今まで誰も信じられずにデュエルを放棄していたが今は違う、今は…心から信頼し、自分を受け入れてくれた友人に巡り会えた
その友人、ヨハンとアルフレッドが見守る観客席に首だけ振り返るとヨハンと瞳がかち合い、彼はグッドラックのサインを出し、自分の背を再び押してくれる
(誰かが見守ってくれる、って事はこんなにも頼もしいものなのね)
「…悪いけどヒルスヴァレーさん」
「?はい」
「折角得た友達、居心地の良い場所を奪われるのは堪え難いの
それを奪わせない為にも…本気で行かせてもらうわよ」
「っ…はい、わたしも全力でお相手します!」
《氷那、頑張るからね。わたし達》
「ええ…期待してるわ。ヴァルキリア」
静謐ながら強い意志が宿る瞳に貫かれ、モニカは一瞬怯んだもののすぐに頭を横に振り、その恐怖を拭い去るとディスクを展開させる
それに応える様に氷那も自身の腕に装着したディスクを展開する
「「デュエル!」」
負けないくらい想ってたのに