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「はー…本当に氷那とのデュエル楽しくて、時間があっという間だったぜ…」



初戦を終え、ヨハンと彼に昔話を聞いて欲しいと告げた氷那は無人の観客席に座っていた
先程交わしたデュエルの熱が冷めきれないのか、些か興奮気味の彼の言葉にくすり、と苦笑が溢れる



「アンデルセンくんは本当にデュエルが好きで仕方ないのね」

「ああ!こんな楽しい事、他にないって思ってるくらいに大好きだ」

「…私は初めからデュエルがそんなに好きじゃなかったわ」

「!…初めって事は今は…」

「ええ、今は好きよ。…いえ最初からデュエルは好きだった、が正解ね
正確には…自分のせいでデュエルが嫌いになる事が嫌で仕方なかったの」



今はデュエルが好きだと断言した氷那に安心しながら、ヨハンは天井を見上げる彼女の横顔を見つめた
その横顔は彼女が言った通りに何処か遠くを見据えていた、過去という遠い情景を

横からの視線を感じながらも、それを追求する事なくぽつぽつ、と彼女から昔話が語られ始めた



「共働きな上に出張が多かった両親の元に生まれた私は昔から一人で家にいる事が多かった、家政婦さんがいたから一人…ではなかった気がするけれど
断っておくけどそんな両親が嫌いって思った事はないわ、仕事に誇りを持ってる両親は好きだったし、クリスマスや誕生日は何とか時間を作ってくれたから
それでも…やっぱり幼心には寂しさが耐えなかった、そんな時に偶然つけていたテレビで武藤遊戯さんが何処かの大会でデュエルしているのを見たの」

「それが氷那とデュエルモンスターズの出会いだったのか?」

「ええ、そして私が魔法使い族デッキを使う事になった切っ掛けの人。今だって尊敬して憧れてるわ
そんな憧れを抱いて、その日の内にデュエルモンスターズのカードを買って、自分なりにデッキを組み立てて近所の男の子達の輪に入って遊んでたの
皆とデュエルモンスターズで遊んでいる時間だけは寂しさが薄らいでた。…あの時までは」

「…あの時?」

「さっきのアンデルセンくんとのデュエルでも見たでしょう?私が…貴方の使用したカードの効果を読み上げたこと
アンデルセンくんは驚いただけだったけど、そんな事をまだ小さい子供が同年代の子の前でしたらどうなると思う?」

「どう、って…」



ヨハンの脳裏にまだ真新しい先程のデュエルでの光景が思い浮かぶ、確かに彼女は一字一句間違えずに自分よりも性格にカードの効果を読み上げた
デュエルモンスターズを愛して止まない彼にとっては氷那もそれだけ入れ込んでいる、と思うだけに過ぎた、だが…それを幼少期という時代にやっていたとしたら


「まさか…」

「ええ、そのまさかよ」


「ぼくは永続魔法「一族の結束」を発動!」

「「自分の墓地に存在するモンスターの元々の種族が1種類のみの場合、自分場上に存在するその種族のモンスターの攻撃力は800Pアップする」だよね?」

「う、うん」

「よしっ魔法カード「おろかな埋葬」を発動して、自分のデッキからモンスターカードを1枚墓地に捨てるよ!」

「その後は「戦士の生還」を使って、『コマンド・ナイト』を特殊召喚して全体の攻撃力をあげてくるの?
――くんは場のモンスターの攻撃力を上げるの好きだよね」

「え…?」



「一度戦った事があるデッキから来る展開を予測、出来る…」

「当時誇っていたわ、その事で私は負け知らずだったしね、でも…分かるでしょう?子供っていうのは異端に敏感だって
そんな事を続けている内にいつからか、気付けば私と遊んでくれる子は周りからいなくなっていた」


今のヨハンにとって、その氷那は何て事ない、ただ「凄い」と感心出来る天才少女だと思えた
だが当時彼女の傍にいた子供達はそうではない、彼女とのデュエルは異端しかない…容易に孤立した少女を思うと胸が痛んだ、それを平然と言ってのける氷那の行動がそれを加速させた



「…っ」

「孤立して私は漸く自分が異端なのだと気付いたわ。どうも、私は他の人よりも記憶力がいいみたいでそんな事が出来るみたい
勉強でもその暗記力は役立ったけれど、一番にこの記憶力が効果を現したのはデュエルモンスターズだった。数学の数式よりもカードの効果の方がすらすらと口に出来たわ
確かにこの記憶力で助かった事は数あるわ、それと同じくらいに苦しめられた事もある。周りの子達と遊べなくなって、寂しい思いをしたのが一番こたえたわね」

「…っ」

「でもそんな時にある二人の兄妹が現れたの、そして私にデュエルモンスターズをしようと持ちかけてきた
当然、私はこの記憶力で嫌な思いをさせる、気味が悪いと思わせるからしたくないって言ったわ、なのに…何て言ったと思う?その子達」

「え、えっと何て言ったんだ?」


『お姉ちゃんってデュエルモンスターズのカードの説明、全部言えるの?すごい、ね!
だったらその能力を生かさないと勿体ないとおもうよっ!わたしはそんなお姉ちゃんとデュエルしたい!絶対にたのしいよ!』

『何でそんな凄いことができるのにデュエルしないんだ?え?だってさ、カードの効果の全部言えることだって実力…の一つだろ?
つまりそれって氷那がすっげー強いって意味じゃん!』



「ってね…あまりの単純さに呆れて何も言えなかったわ、その隙をついて二人とデュエルする羽目になっちゃうし…
でも、その子達は皆や私でさえも気味悪がった私の言動を受け入れてくれた」



口調は当時から消えない呆れが含まれていたものの、それを語る氷那の表情は非常に晴れやかで穏やかに微笑んでいた、大切な宝物をヨハンに分け与えている様に
彼女の表情から伝染する思いにヨハンも強張っていた表情を和らげ、過去の少女に救いが用意されていた事をただ、喜んだ



「その頃からかしら、ヴァルキリアを…精霊を認識する様になったのは
まあ…昔話はこんなものよ、私はその兄妹に会ってデュエルを嫌いにならずにここまで来れたの」

《ちなみにその兄妹って氷那のいとこで氷那のママパパが氷那が元気になる様にって呼んだんだよ〜》

「へーそうだったのか、良い両親じゃないか!」

「ええ、…アンデルセンくん」

「?」

「ここまで聞いて…やっぱり私は気味が悪い、って思うでしょう?
例え今はそうじゃなくても、同じ所業を繰り返してしまう私と居続ければ…傍にいる事が堪え難くなってしまうわ」



ここに来た理由を終わった氷那は彼の顔を直視出来ずに顔を俯かせ、逃げてしまった
どうせ離れて行ってしまうのなら、まだ傷が浅いこの時に。傷が深くなってからでは…自分は立ち直れない、所詮は自己愛から来る言葉
それを言って、一拍が経った頃にはぁ、と隣から溜息が聞こえ、氷那は肩を微かに震わせた



(大丈夫、準備は…出来てるんだから)



「あのさ、俺ってそんなに薄情に見えるのか?」

「…え?」

「今更氷那から離れるなんて事しない、だって俺が最初に言ったんだぜ?氷那の事をもっと知りたいってさ
そりゃあさ、さっきのデュエルで氷那がカードの効果を説明してきた事はびっくりはしたさ、だけどそれって逆にデュエルモンスターズに選ばれたって思わないか?」

「選、ばれた…?」

「ああ!カードの効果を全て暗記できるっていうのは氷那のデュエルモンスターズが好きだっていう思いから生まれた才能なんだって、俺は話を聞いてて思える様になった
それで氷那は傷ついたけど、今ここに氷那は変わらずにデュエルモンスターズが好きでいる、好きならその才能を怖がらずに使って良いんだ
だって《サヴァン症候群》を含めて氷那なんだからな!また氷那を気味悪がる奴がいたら、俺やアルフレッドが守ってやる、だから自分で自分を見下さないでくれ」


ああまただ、と氷那はヨハンに頭を撫でられながら思った
彼はまた惜しげもなく、自分には勿体ない程の優しい言葉を用いて自分の全てを受け入れてくれた



「…っ」

「えっ氷那っ?」

「う、五月蝿い…っ!別、に…今までそんな言葉…っを貰った事、なくて…泣いてる、訳じゃない…んだから…っ」

「いや、声からして泣いて…」

《バカヨハン!少しは乙女心ってものを考えなさい!》

「な、何だよ…そんなに言わなくて良いだろー?アメジスト・キャット!」



ばっと自分に背を向けた氷那の細い肩を横目にヨハンは自分の傍に現れたアメジスト・キャットから放たれる説教に罰が悪そうに頭を掻く
これくらいは許されるだろう、と彼女の片手を握り締めると微かに握り返され、笑みが溢れた

どれくらいの時が経ったのか、気がつけば最終下刻時間が差し迫っていた


「…っヨハン、くん」

「んー?」

「あり、がとう…受け入れて…くれ、て」

「…!」



その頬には幾重の涙の筋が通っていたものの、それを差し引いても瞳を擦りながら笑顔を浮かべた氷那は酷く神秘的で可憐で、



「…って氷那、今、俺の名前!」

「い、いつまでもファミリーネーム呼びはどうかと思、って…友達、なんだし」

「!氷那〜!! すっげぇ嬉しいぜ!」

「ちょっだ、抱き着かないで、よっ」

   ・
   ・
   ・


「…で」

「「?」」

「お前等、喧嘩してたと思ったら、いつの間に仲直りしてんだよ!つーか夜久なんかヨハンの事をいつの間にか名前呼びにしてるし!
登校なんか一緒に教室に来てるしで!俺が知らない間に何があった!」

「へっへー!羨ましいだろ、アルフレッド!」

「うっせぇ、しばくぞ!バカヨハンッいや、しばく!」

「ぎゃー!!! ヘッドロックはマジ勘弁!」

「…相変わらず騒々しい、んだから」



6日ぶりの会話が、そこにはあった


君の目を見ないようにして、睦






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