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《もしかしたらヨハン、昨日の事は忘れていつも通りかもしれないよ?
だからくよくよしてないで過去は過去って思って、学校行こ!》
つい昨日、まだ踏み込まれる準備が出来ておらずに自分の過去に踏み込んで来たヨハンを理不尽にも言葉で突き放した氷那
それでもそんな事があったと知らない学校は今日もある訳で、ヴァルキリアに背中を押され、一抹の希望を抱いて教室へと赴いた
抱く希望の内容はただ一つ、「ヨハンといつも通りに話せる状態であって欲しい」ことだが現実は非情だった
*1st day
「アンデルセン、今の時間は数学だ!英語じゃない!数式じゃなく文章を書いてどうするっ?!」
「んー」
「ヨハン、しっかりしろー!」
*2nd day
「アルフレッド!ヨハンが購買に行ったきり、帰って来ないんだけど!」
「はぁ?あいつが生粋の方向音痴でも流石に…」
「いやー悪い悪い!購買に行ってたと思ってたんだけど、気付いたら屋上に行っててさ!」
「なん…だと」
*3rd day
「夜久ー!」
「クォンヌくん、血相を変えてどうしたのよ…」
「それが体育の時間でランニング中にいつの間にかヨハンがいなくなってさ…!ちょっと探すの手伝ってくれ!」
(完璧に私のせいだわ……他にアンデルセンくんが可笑しくなる理由はないもの…!)
自分が彼を突き放した日を境にヨハンの調子が可笑しくなった、その事で負い目を感じざるを得ない氷那はずーん、という音が聞こえてきそうな勢いで落ち込み、クセッ毛までも下を向く
(私が理由だって分かってる、のに)
この性格は変に意地になって、彼に謝ろうともしないで立ち尽くしたまま
それが彼女にとっては非常に腹立たしくて、悔しかった
「何だ?夜久まで調子悪いのか?ヨハンに感染されちまったか?」
「…クォンヌ、くん」
「ったく、お前等…お互いが原因で調子悪いってのに何やってんだか」
「え、気付いて…」
「見てたら分かる、夜久とは会って1ヶ月だけど、ヨハンとはここに入ってからずっと一緒だからさ
それにアイツ、最近上の空で突然夜久の名前呼んで、また上の空繰り返してるから分かり易い」
「…そう、なの」
いつもの彼女ならここで毒の一つも発するのだろうが、その言葉が原因でヨハンを傷付けた事から借りてきた猫の状態でしおらしい
本当に調子が狂うな、と頭を掻きながら、事の深刻さに直面したアルフレッドは氷那の隣に腰掛けると意地が悪そうに笑む
「夜久って授業とかデュエルは完璧なのにこういうのは苦手なんだな」
「どういうことよ、それ」
「何ていうかさ、苦手…ってより不器用なんだろうなーって」
「だからどういう…」
「難しく考え過ぎなんだよ、夜久はさ。友達ってのは案外気難しいもんじゃねぇぜ?
他人なんだから気が合わないことがあっても当然、それで反発するのも当たり前なんだよ」
「…ならその当たり前の後はどうすればいいの」
自分にとっては「友達」というのは未知のもので、氷那は素直にアルフレッドにそう訪ねると彼は簡単さ、と指を一本立てた
「自分の悪かった所を認めた上でもう一度歩み寄ればいい。お互いに友達として大事に思ってりゃもう一回やり直せるし、何の感情もなかったらそこでお終いってだけだ」
「何ていうか…変にシビアね」
「でも夜久とヨハンなら大丈夫だろ、オレが保証してやる!
だから早くいつも通りのお前等に戻ってくれよな、そんなんじゃオレも調子狂って大変なんだからさ。課題も手伝って貰わなきゃだし」
「私はあなたの家庭教師になった覚えはないのだけれど?…でも」
「ん?」
「ありがとう、クォンヌくん。やっと…私がすべき事が何なのか分かったわ」
「…っ!」
元気づける様に肩を抱いてきたアルフレッドに最大限の親しみを込め、氷那は穏やかな春、または大和撫子を思い浮かばせる微笑を彼に初めて見せた
その微笑を間近で見たアルフレッドは肩に回していた腕を外し、上昇する熱を感じ、その口元を隠し彼女を視線から外した
「…クォンヌくん?」
「な、何でもない!」
(今のは反則、だろ…!)
「…?」
・
・
・
「はぁ…」
《ルビィ…》
氷那と会話をなくして早くも5日目、周りには溜息ばかり+上の空を心配される事だけでも心苦しいというのに、今の彼にはあの日の氷那の涙が胸を締め付けて止まなかった
あんな事を言わなければ、今でも彼女とアルフレッドと課題や他愛のない話で楽しい日々を送れたのだろうか、そんな思いばかりが頭を過る
暗い面持ちの自分を照らし出す様に輝く太陽と青空は今日も爽快である
《!ルビッルビビ!》
「ルビー、どうしたんだ?…っ」
「…おはよう、アンデルセンくん」
「氷那…っ?!」
ルビーの声に呼び戻された先で見たのは寮から出てきた自分を待ち構えていた氷那の姿だった
これはきっと最後の自分と彼女の修復可能の時、ならば言うべき事は分かっている
「この前はごめ…っ「今日の放課後」へ?」
「今日の放課後、スケジュールは空いてる?」
「空いてる、けど…」
「そう。なら…私と……」
(いつまでも待ってるだけじゃだめ、私から歩み寄らないと)
「私と―――デュエルして」
(これが私なりの歩み寄り、これしか出来ないけど)
「…え?!いや、でも氷那は…!」
「返事はYesかNoしか受け付けないわ、どっち?それとも私が相手じゃ不満かしら」
「そんな訳ない!勿論Yesに決まってるだろ?」
「じゃあ放課後、デュエル場で待ってるわ」
「ああ!」
用件だけを伝えると氷那は彼と登校する、という考えはないのか夜色の長い髪を靡かせ、さっさと学校へ向かってしまった
つい数分前の憂鬱と5日前の失態への嫌悪感はどこへやら、今のヨハンには5日前の太陽に酷似した表情を浮かべていた
「ルビー、聞いたか?氷那からデュエルを申し込まれただなんてさ…もしかしてこれ夢か?!
…ッイッテェェ!」
《ルビビ…》
「…へへっ夢じゃないんだなっ!」
「ヴァルキリア、今日も力を貸してね」
《もっちろん!だってわたし達は氷那が好きなんだから!》
「…そう」
そして氷那自身も微笑をその顔に浮かべていた
――彼女は確かに今、小さな一歩を踏み出し始めた
ガラスの靴のかわりにほんの少しの勇気を