※諧謔にさよならの続編 「とりあえず映画でも観ようよ」 ひどい眩暈に襲われた。 さすがは情報屋とでも言うべきなのか、昨日初めて会ってすこし言葉を交わしただけのわたしの家を突き止め、今、こうして玄関先にいるこの男、まるでストーカーである。夏だというのにファーコートを羽織っていて、みてるこっちが暑かった。 「わたし忙しいのでさようなら」 「ストップ、嘘は良くないな」 「奈倉だかなんだかの偽名を名乗ってたひとに言われたくありませんさようなら」 「細かいことはいいじゃない、なんならきみの行きたいところどこでも連れてってあげるよ」 「そんなのどうでもいいので帰ってくださいさようなら」 扉を閉めさせまいと滑り込んでいるからだを無視して力いっぱい引く。この××野郎、脳みそちゃんとつまってんのか! 「俺と出掛けるのそんなに嫌?」 「嫌とか嫌じゃないとかそんな問題じゃありません」 「じゃあ何?」 「あなた昨日から質問ばかり、‥‥もう!離して!」 声を荒げて数秒。両隣が噂好きのおばちゃんだということを思い出す。問題の黒づくめの男は依然として挟まれた扉から動こうとしない。ああ、今日は厄日だ。絶対に厄日だ。 「まあ、適当に座ってよ」 これが最大の譲歩の結果だ。こんな反吐のでる奴と街にくりだしたくなんかないし、かといってわたしの家のなかに招き入れたくもなかった。結果唯一の選択肢として、この、ストーカー紛いの男の家、しかなかった。 「何飲む?一通りの茶葉はあるけど」 「カフェオレ」 「きみ、ひとの話聞かないタイプ?」 「用が済んだなら帰ります」 「いやいやちょっとおかしいよね」 「うざい」 横に置いていたバッグを掴み玄関へ向かう。家を出てから15分、とんだ時間の無駄だった。扉に手をかけたところで、ふわり、背中に感じた体温。その上から手を重ねて開けさせないよう握られていた。 「逃がさないよ」 脳に直接声をかけられた気がした。響く声があたまのなかを反響して、動けなくなる。ちがう、ちがう、ちがう、そんなわけない、わたしは、こんなおとこなんて 重なる唇はまるで麻薬のようだった。 ぼんやりした意識のなか、これでは娼婦じゃないかと思った。昨日会ったばかりの胡散臭い似而非野郎にこうしてからだを差し出している。なに馬鹿なことしているんだと、いつものわたしならこんな愚行に及ばなかった。‥‥だなんて、結局、言い訳。 「考え事なんて余裕だね」 その瞬間奥を突き上げられ息が詰まる。あまりの烈しさにまともに声さえあげられない。生理的な涙がにじませる視界で男を見上げれば、嗤われた気がした。 オムニバスヒーロー 会う前に興味があって下調べしたのはきみだけじゃない、なーんてね! ×
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