諧謔にさよなら | ナノ



 池袋を騒がすオリハライザヤに会ってみたかった。姿を見ることは数あれど、そのどれもが遠くからで、顔を拝んだことはなかったからだ。一年中あのヘイワジマシズオと殺し合いをする男、一体どんな剛健野郎なのだろうか。ヘイワジマシズオと対等にやり合うくらいだから、きっと常軌を逸するほど筋肉隆々だと、そう、思っていたのに。


「はじめまして、‥奈倉さん」

「やあ、はじめまして。とりあえずミルクティーかな?それともコーヒー?」

「あ、カフェオレで」


 「奈倉」を名乗る男がオリハライザヤだという情報を得たのは、つい最近のことだ。彼の信者とたまたま知り合い、ぽろりと零した言葉を聞き逃さなかった自分を崇めてやりたいぐらいである。とりあえず上手く立ち回って、オリハライザヤが良くアクセスする自殺サイトを調べて、‥まあ、あとは、ご覧の通りである。


「奈倉さんはどうして死のうと思ったんですか」

「どうして?そうだな、きみは?」

「‥この世界に飽きたから、かな」


 これはあながち嘘じゃない。死のうという気はこれっぽっちも無いが、生きていても何ら面白くなかった。少しでも昇進しようと誰もが諂うこの社会は昔から下らないと思っていたし、そんな社会に出たくないからいつまでも子供でありたいと願っていた時代もあった。それはそれは幼い頃から飽き飽きしていて、だからこうして非日常の象徴であったオリハライザヤに会いたいと思ったわけである。案の定彼はわたしの中のオリハライザヤの想像を悉く裏切ってくれた。


「へえ、じゃあお仕事は何を?」

「しがないOLですよ、ありふれた、ね」

「失礼ですが、年齢は?」

「くす、まだまだ若いですよ」

「そうですねえ、肌も綺麗だし。ご結婚はされてるのかな?」

「ねえ、奈倉さん。わたしにも質問させてくれないと、フェアじゃないですよね」


 ぱちり、オリハライザヤは目を見開いてから笑った。肩を震わせるさまさえ絵になるなんて、世界中の女性が嫉妬するだろうなあ、なんて考えたところでオリハライザヤと目が合う。


「そうだね、何でも訊いてよ。答えられる範囲で答えるからさ」

「奈倉さんの職業って何ですか」


 オリハライザヤの出方が分かる、最善の質問だと思った。あいにくこちらは「奈倉」がオリハライザヤであることを知ってるし、オリハライザヤが情報屋であるという情報も得ている。この情報を仕入れるためにもっぱら1年は費やしたし、その情報の正確さには多少なりとも自信がある。


「俺はきみを侮ってたみたいだ」

「‥‥は?」

「いつもと同じただの自殺志願者だ、そう思ってたんだけど。なんだかきみといると有意義だよ」

「はあ、それはどうも」

「俺の名前は奈倉なんかじゃあない。折原臨也、職業は無い。強いていうなら、‥情報売買が趣味、かな」

「‥‥ばらしちゃっていいんですか?わたしはただのOLですよ」

「驚かないところを見るとやっぱり知ってたみたいだ。さて、なんで俺に近付いたのかな?」


 かちゃり。ウェイトレスが運んできたカフェオレを机に置くと同時に立ち上がる。ウェイトレスは何事かと立ち止まるが気にならなかった。


「自惚れないでください。ただオリハライザヤに会ってみたかった。用件はそれだけです、失礼します」


 千円札を机に置いて店を出る。ああやっぱり一口くらいカフェオレ飲んでおけば良かったなあ、なんて、歩きながら思った。




諧謔にさよなら



 
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